地中に飲み込まれる激流

ポカラ 村上春樹の「世界の終わり」の脱出口、滝に着く ナマステ⑤

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一角獣よりも水牛の瞳に魅せられる

水牛のつぶらな瞳に魅せられる

水牛のつぶらな瞳に魅せられる

「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」には一角獣が登場します。一角獣は見たことがないので想像するしかないのですが、ポカラの滝を見に行く時に出会った水牛の二本の角を見ながら、「一角も二角も違いがあるのかな」とふと思いました。小説の中で獣は重要な役回りを担います。

しかし、目の前で水浴びしている水牛の表情は羨ましいぐらいに幸せそうでした。「この暑い中、歩いているお前は大変だな」と大きくてつぶらな瞳で見詰められ、労われているようです。小説の後半は物語の進行がギュッと煮詰まっている感じです。読み手は前半部分に撒かれた結末へのピースを一生懸命につなぎ合わせなくてはと急かされて、読み進んでしまいます。もし登場する獣がポカラの水牛だったら、「ご苦労さん、一休みしたら」と声をかけてくれるのではないでしょうか。

一角獣は冬を迎えると死に始めます。ネパールの水牛は農耕をしながら長生きするか、食べられてしまうか。ネパールの名物「モモ」を知っていますか?餃子か小籠包みたいな食べ物で、水牛のミンチ肉が素材に使われます。味はポカラの水牛が思い孵化部ことがって、水牛肉のモモは好きになれませんでした。

水牛はモッツアレーラチーズのミルクとして貢献してくれ、あのつぶらな瞳を見せてくれるだけで十分です。ネパールの人にはごめんなさい、これは旅の人の勝手な思い込みです。

「やみくろ」に追われ、暗闇の地底を逃げる場面があります。主人公は先が不案内だけに「太った娘」の後ろを追いかます。暗闇を逃げながら、太った娘と会話を交わし、想像と妄想がぶつかり合い、博士が待つ地点へ進みます。頼りは足元を照らすライト。心細いですよね。

ベトナムのクチトンネルを思い出しました。「さあ、入りますよ」と声を掛けるガイドの背中を見ながら、トンネルの入り口を降ります。穴の大きさはようやく丸めた身体が通るぐらい。

歩き進むことはできますが、背中を丸めて腹部を圧迫していますから、息遣いが思ったより早く荒くなります。ちょっと進んだだけで「出口はあとどのくらい」。

ベトナム戦争当時は、兵士が作戦行動していたトンネルです。呑気な旅行者は歩き始めて5分ぐらいで苦しいと感じるトンネルを命をかけて移動していたのです。地上は米軍の枯れ葉作戦が展開された地域です。

地上にいたら、逃げ場はありません。ガイドはライトを差して進行方向を示してくれるので、迷う心配はありません。

目当てはガイドの背中とお尻です。でも、頭の中はだんだん「出口はいつ着くの?」の文字がいっぱいになっていきます。絶対にある出口ですが、「あと何分???」。迷いは消えません。

パプア・ニューギニアのラバウルでも同じようなトンネルを体験しました。その時は政府広報官と一緒です。彼は先方を歩いて案内してくれ、時々ライトをこちらに向けてニヤッと笑って安心させてくれます。「やっぱり平和な時間がいい」と痛感しました。

「世界の終わり」では「太った娘」が強力なライトを左右に振りながら、地底の川を上流に向けて上り続けるシーンが描かれています。地底の川の表情を「左右の岸壁には割れめのようにぽっかりと口を開けた枝道や不気味な横穴が方々に続いていた」とか「「ぬるぬるとした泥のような苔が密生している」などと表現されています。

地底の川を体験したことがありませんが、「そうだろうなあ」と実感します。小説では、地底には地底の摂理というものがあるのだろうと説明しています。こちらも納得します。

そして娘は腕時計を見てから「十分」と言った。「十分二十秒、あと五分で滝に着くから大丈夫」、と続きます。

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白い水流が激流へ、そして滝となり、地中に吸い込まれる

もうすべてが白い激流に

もうすべてが白い激流に

歩いても滝は見えてきません。激流が近くにあるのはわかるのですが、川岸が深くて川面が見えません。真っ白な激流の波頭を見ようと覗いたら、そのまま落ちてしまいそうな怖さが感じられます。

案内する少年は相変わらず笑いながら、水しぶきが上がる川岸の岩を渡り歩き、ニヤッと笑います。ここまで来て遠くから眺めて仕方がないので、水流の音が聞こえる付近に寄りますが、激流に吸い込まれそうです。少年は「あそこが最後だよ」と指差しました。

白い激流が地中に向かって身を投げ出して飛び込むように消えていきます。岩をしっかりと掴みながら、激流が身を投げ出した穴を覗き込むとしたのですが、そのまま一緒に飲み込まれそうです。白い激流が突然に消え、激流の音だけが聞こえてきます。地中から助けを求めても、その声はかき消されるでしょう。

激流が滝へ

激流が滝へ

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