勝者なき賃上げ、その覚悟を日本経済変革の芽に 人材投資の満開を期待 

 今年の春闘は、高水準の賃上げ回答が相次いでいます。昨年から続く消費者物価の高騰に転職ブームに象徴される人材獲得競争が激化。これまで慎重だった経営側も大幅賃上げを決断せざるを得ない状況に追い込まれているからです。安倍政権時代から始まっている政府が賃上げを促す官製春闘も背中を押しました。連合や労働組合に勝利宣言を発する勇気はないでしょう。

物価高騰、人材獲得、官製春闘

 といって、大幅賃上げを裏付ける好業績は約束されていません。ロシアによるウクライナ侵攻に加え、中国の台湾統一の動きにも目が離せません。エネルギーや農産物の高騰が収まる気配はなく、世界経済の先行きは不透明なまま。ぐるりと見回しても、今春闘の勝者は見当たりません。

 大幅賃上げが示す次のステージは、経営者も労組も従業員も苦境を乗り越える覚悟を共有し、果敢に挑む勇気を求めています。

袋小路を抜け出し、ベクトルを右肩上がりに

 決して袋小路に入り込んだわけではありません。この30年間、事実上横這いのままだった賃金のベクトルが変わるのです。足踏みばかり続けた日本経済が変革に向けて前進する最初の一歩と考えましょう。ちょうど桜が咲き始め、新しい春が訪れてきました。日本経済にも改革の芽がついに厚い土の下から現れたのですから。

 1980年代後半から春闘を取材してきました。石油危機から立ち直って世界一の米国の背中が見えたと思ったら、誰も予期しなかったプラザ合意による円高ショックで躓きますが、すぐに息を吹き返してバブル経済の夢に酔い、夢の後はゼロ成長の泥沼から抜け出せません。日本の賃金は1990年代から30年間、事実上ゼロのまま。

ゼロの経済から脱却のチャンス

 当たり前です。日本の経済成長も止まったままですから。企業経営者は利益を絞り出すため、人件費を抑制するしかないと考えてしまいました。消費者物価も止まったままですから、賃金が上がらなくてもなんとなく生活ができる気がしますが、それは誤解です。

 必要な人材は正社員を減らし、非正規雇用いわゆる派遣社員で補うため、実質的な年収は低下傾向となってしまいます。今や日本の雇用に占める非正規社員は全体の4割にものぼります。春闘で2%程度の賃上げ率があったとしても、その恩恵を受けるのは正社員だけ。日本経済全体の浮揚力を高める力として期待できないのはわかっていました。

 5%を超える賃上げ率は、日本経済に覆いかぶさっていた重石を取り除くことができるのでしょうか。30年ぶりの水準に張り付く消費者物価の上昇率を考えたら、焼け石に水かもしれません。消費行動を刺激するなんてとても無理。

 しかし、これまで内部留保の蓄積に精を出していた企業は人材にお金を使う決断をしたのです。政府は従業員の再教育にも予算をつけています。

系列、下請けに利益を還元を

 日本経済が浮揚できるかどうかのカギを握るのは中堅・中小企業の賃上げです。5%は望めないでしょうが、それをできるようにするのが今回大幅賃上げを決断した大企業です。値下げを求めるばかりだった価格交渉をやめ、系列、下請けにも利益が伝わり、大幅な賃上げができるようにする。日本全体に広がっていけば、力が蘇ります。

 来年以降も5%の賃上げ率を継続できるか。企業は稼ぎ、従業員は斬新な技術開発やアイデアで日常業務を刷新。政府は未だ昭和から抜け出せない産業政策を捨て、再び上昇気流に乗る挑戦的な政策立案に発想を切り替える。

挑戦の覚悟をみんなで共有

 目の前の課題は十分にわかっています。30年間、変革と叫びながら、何もやってこなかっただけなのです。5%の大幅賃上げは、これから挑戦するぞという覚悟の号砲。経営者、労組、政府にも伝わっているはずです。もちろん、変革を成し遂げるのは、私たちの力です。

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