札幌市と札幌ドーム 自信過剰の道都が支払う代償は、自治体の原点を諭す

「5億円でも安いと思っているよ」。上田文雄・札幌市長は即答しました。

 札幌市が2011年4月を目標に札幌ドームの命名権を売り出していた最中です。本命はもちろん、ホーム球場として利用する日本ハムファイターズ。公募の条件は「年間5億円以上、期間5年以上」ですが、日ハムの幹部は高すぎると難色を示していました。

「5億円でも安いよ」と上田市長

 日ハムの落とし所を察して上田市長に対し「3億円ぐらいなら、日ハムは交渉に応じるかも」と質問したら、上田市長は再び「5億円以上の価格を提示してもおかしくないと考えている」と返します。結局、日ハムは見送ります。「妥協する姿勢が感じられなかった」とある幹部は呆れ顔で明かしてくれました。

 その後も日ハムは札幌市に対し札幌ドームの運営方針について改訂を要求しましましたが、物別れに。日ハムは札幌ドームと決別して、理想と考える野球場を軸にしたリゾートエリアの建設を決め、北広島市に「エスコンフィールド北海道」を建設し、ホーム球場を2023年に移転します。

 札幌ドームは2002年の「FIFAワールドカップ」開催地として名乗りを上げるために建設しましたが、W杯後の施設の稼働率を上げるため、サッカーと野球いずれの試合も開催できるよう芝生部分がドーム外に移動する画期的な設計を採用しました。日ハムにとって渡りに船でした。ファイターズは東京ドームをホーム球場として利用していましたが、観客動員数の低迷から抜け出せず、新たなファン層拡大を狙って2004年に札幌ドームへ移転します。

日ハムは札幌ドームの収益を手にできず

 水面下で読売新聞社が画策していたプロ野球の再編も後押ししました。セパの2リーグ12球団を1リーグ10球団に集約しようとしたのです。経営不振の広島カープは阪神タイガースと合併する構想が囁かれ、プロ野球チームは自らの経営改革に挑まなければ存続できない状況に追い込まれていたのです。

 実際、ファイターズは札幌移転によって北海道内の各地からファンが押し寄せ、観客動員数が急増。北見市からバスで駆けつけるファンは「札幌市民の応援が足りないから」と、その人気は北海道中に広がります。関連グッズなどの売り上げも伸びました。札幌ドーム移転は万々歳となるはずでしたが、経営の厳しさは思ったよりも改善しません。

 札幌ドームは、札幌市や地元財界が出資する第3セクターの札幌ドームが指定管理者。球場内の広告収入、飲食・物販店などの売り上げは札幌市の手に渡ります。球団経営は関連収入による利益で維持するのが普通ですが、ファイターズは球場使用料を払いながら、関連収入を手にすることができません。これでは人気のある選手らの高騰する年棒などに十分に対応できません。

 ファイターズは札幌市に指定管理者の移転を申し込みましたが、全く交渉に応じません。この状況で命名権で5億円をさらに支払えといっても、企業経営の観点からとても受け入れないでしょう。

10年以上の前の出来事が今、再現

 もう10年以上の前のエピソードが今、そのまま再現されています。札幌市などが出資する第三セクター・札幌ドームは、ホーム球場として利用していた日本ハムファイターズが去った後、経営が窮地に追い込まれ、赤字は3億円以上に拡大。2011年当時に比べ年間2億5000万円以上と半額値引きしているにもかかわらず、改善の一助として公募した命名権は誰も手をあげません。

 収益の過半を占めたファイターズが去った札幌ドームの経営が厳しくなるのは誰の目で見ても明らか。野球に代わるコンテンツを誘致するため、ドームを改造しましたが不発に。毎年開催した一大イベント「嵐」のコンサートも休業宣言で消えてしまいます。

 現在の札幌市長は、上田市長の下で副市長を務めた秋元克広氏です。札幌市とファイターズの確執を十分に承知しています。将来の札幌冬季五輪などのビッグイベントが念頭にあったのかもしれませんが、五輪開催も雲散霧消しました。札幌ドームの先行きに明るい材料は見えません。

 札幌市は、なぜファイターズを引き止めることができなかったのでしょうか。

 北海道は雄大な自然が広がり、美味しい農水産物が楽しめることもあって、全国の都道府県でランキング第1位にあります。札幌市は北海道の玄関として多くの観光客が集まります。対外的なイメージはとても優れています。

北海道の役所体質が未来を開拓する精神を奪う

 しかし、役所の体質となると別です。北海道は明治以来、政府主導の下で開拓、街づくり、インフラ整備が進んでいます。北海道庁、国の出先機関、市町村が複雑に絡み合い、上意下達を徹底するお役所体質が深く根ざしています。最近、長谷川岳参議院議員が同庁や札幌市の職員らにパワハラまがいの言動をしたとして話題を巻いていますが、悪例とはいえイメージはそんな感じです。

 北海道庁の職員は自ら新しい提案や挑戦をせず前例踏襲の象徴と言われていますが、北海道庁の職員から見れば「札幌市の職員よりは積極的に働いている」とうそぶきます。札幌ドームの命名権を公募した2011年当時の市長、上田文夫氏は人権弁護士として名を馳せましたが、企業経営には疎かく、その胸の内は読めなかったようです。

 札幌市は豊かな四季、住環境などで日本でトップクラス。急速な人口減に直面する北海道で唯一といって良いほど人口が増加する200万人都市です。北海道の人口の4割近くを占めます。地域経済をさらに浮揚させる新たなチャンスはまだまだ到来するので、札幌ドームの経営を考え、ファイターズを引き止めるほどの重要性はないと考えるたのかもしれません。5兆円の半導体投資で沸く千歳市の例もあります。

札幌市よ、大志を抱け

 しかし、自らの地域を自治体がどう未来を設計し、築き上げるかの姿勢を欠いてしまってはいけません。開拓使以来、国主導で都市を創り上げてきた歴史に甘え、その地域の住民の生活をいかに豊かにするのか、地域に適した未来をどう設計するのか。まさに首長の役割です。窮地に立つ札幌ドームの向こうには「青年よ、大志を抱け」と指差すクラーク教授の像が立っています。冬季五輪開催が消えたこともあります。札幌市に自ら未来を設計して構築する開拓精神を期待したい。

◆写真は札幌ドームのホームページから引用しました。

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