テスラが3万ドルEV 低価格競争が始まる 再び日本は置いてきぼりに
「ゆでガエル」。熱湯に飛び込んだカエルはびっくりして飛び出ますが、ゆっくりと温度を上げると湯に慣れてしまい、死んでしまいます。世界有数の資源大国オーストラリアを取材していると、自嘲気味に「boiling frog」という表現を使って自国の危機意識の無さを嘆く人に何度も会いました。石油・ガス、石炭、鉄鉱石など地下資源は無尽蔵。「困った時は地下を掘ればマネーが出てくる」。そんな安心感にどっぷりと浸かってしまえば、資源に続く産業創出の意欲は湧かず、国家財政の改革にも鈍感。「こりゃやばい」と思うのも当然です。
ハイブリッド車に癒される「ゆでガエル」
最近の日本車メーカーを眺めていると、ゆでガエルと揶揄されたオーストラリアと重なって映ります。数年前までは、欧米や中国に比べ出遅れたEV戦略の批判を浴び、自信喪失状態でしたが、世界のEV販売の鈍化で一転、元気を取り戻しています。日本が得意とするハイブリッド車がEVの弱点を補うと再評価され、大ヒットしたからです、おかげでトヨタ自動車やホンダは好業績を達成。ボルボ、ベンツやフォードなど欧米の自動車各社がEV戦略を軌道修正したこともあって。EVで一周遅れと思っていた日本車の経営戦略を再評価する意見すら出ています。
でも、やっぱり白昼夢でした。目が覚めたら、E Vの潮流から取り残された日本車が佇んでいました。ハイブリッド車の人気に惑わされ、まるで温泉に癒されたかのような良い気分に浸っている「ゆでガエル」でした。
米テスラのイーロン・マスクCEOは2024年7ー9月期決算の発表で来年2025年の世界販売台数が20〜30%増える見通しを明らかにしました。車両価格の3割を占めるバッテリーのコストが低減でき、3万ドル(約450万円)以下の低価格で販売する目処が付いたからと説明します。中国のBVDなどは2万ドル台の超低価格EVで欧米市場を席巻していますが、テスラが3万ドル以下で勝負するなら他の欧米各社も追随するのは間違いありません。
イーロン・マスクに自信が蘇る
イーロン・マスクCEOの自信の根拠は、低コストで生産できる自信を得たことです。7〜9月期は最終利益が17%増の21億6700万ドルと3四半期ぶりの増益に転換しました。営業利益率も10・8%に上昇。車両1台分の販売原価は3万5100ドルまで低下したことも明らかにしており、これが世界販売の5割を占める中国市場での失地回復につながりました。
2026年からは人工知能(AI)を活用した自動運転タクシー「サイバーキャブ」を3万ドル以下で販売する計画です。26年は少なくとも年間200万台を生産し、最終的には400万台を目標にしています。自動運転を狙い通りに実現できるか疑わしいですが、GMもすでに3万ドル以下のEVを投入する計画を明らかにしており、販売の主戦場がこれまでの高価格帯から3万ドル以下の低価格帯へ移るのは確実です。
低価格のEVを投入できる背景には、バッテリーなど関連部品の技術的進化と量産効果があります。欧米、中国がいち早くEVに取り組んだからこそ手にできる先行利得です。
日本車は低価格帯でも出遅れ
日本勢はどうか。トヨタやホンダはまだ本格的なEV投入には至っていません。先行する日産自動車や三菱自動車は軽自動車で大ヒットを飛ばしましたが、世界で勝負する戦略車はこれからです。しかも、開発中の主力車は高価格帯の車種となっています。トヨタは高級ブランド「レクサス」で足場を固める方針で、レクサスなら高価格なEVでも十分に勝てると踏んでいるからです。ホンダはソニーと「アフィーラ」を共同開発していますが、想定する価格は日本円で1000万円程度、ドル換算で6万ドルを超えます。日産の軽EVは3万ドル以下で欧米、中国と競うことができますが、残念ながら車格は軽を上回る小型車が相手。海外のニーズと合わず、勝負にはならないかもしれません。
3万ドル以下の低価格市場が2025年から本格的に拡大すると想定すると、日本車のEVは完全に脱落します。今後、追いかけるにしても、日本車が投入する頃には欧米や中国は販売後のクレームなどを取り込みながら、より進化させたEVに仕上げています。このままでは追いつこうにも、追いつけない。EVは店先に並べるものの、実際に稼ぐのはハイブリッド車。ハイブリッド車は欧米、中国も投入しあふれかえっているでしょうから、価格競争は激しさが増し、そんな儲からないでしょう。寂しい日本車の近未来が見えてきます。