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実録・産業史 21)マレリ再び 「幻の日産電装」の残影も潰える 消えていく自動車部品

 自動車部品の大手、マレリホールディングスが2022年3月1日、私的整理の一種である事業再生ADR(裁判外紛争解決手続き)を申請しました。国が認定した機関である事業再生実務家協会の手続きに従ってマレリは再生計画を作成しますが、主力取引銀行のみずほ銀行などメガバンク、地銀など多くの金融機関と大幅な債務減免などについて合意する必要があり、経営再生はイバラの道が待っています。

 自動車産業の工場閉鎖は地域経済に大きな影響力を与えるため、マレリをなんと経営再建に持っていくと思いますが、事業整理による規模縮小は避けられません。戦後から日本経済を支えた産業プラミッドの一角が崩れ始めました。

産業プラミッドの崩壊が始まった

 マレリの債務総額は1兆円を超えるそうです。私的整理の手法で経営再建をめざすため、主力のみずほはじめ金融機関はかなりの債務減免を引き受けるざるえをないですが、体力が衰えている地銀がそう簡単に減免を受け入れるとは思えません。経営が窮地に追い込まれた背景にはコロナ禍による自動車生産の縮小があったとはいえ、もともとはかつて系列下にあった日産自動車の経営不安が引き金です。マレリの前身であるカルソニックカンセイの企業体力はこの20年以上かけて蝕まれてきました。

 そこに100年に1度の変革期の到来です。自動車の主要動力源が内燃機関のエンジンから電気モーターに切り替わる技術革新が奔流となって加わり、もう持ち堪えられなくなったのが実相です。マレリを待ち受ける経営再建策はかなりドラスチックな内容になるのは間違いありません。

 もちろん、自動車部品メーカーが同じ運命を辿るわけではないでしょう。マレリと似た事業構成のデンソーはどうか。トヨタ自動車系列の電装品関連を手掛けていますが、経営業績は好調ですし、今年2月には台湾TCSMとソニーの半導体合弁会社に出資するなど先手先手の投資を繰り出すほど元気いっぱいです。デンソーから見たら、マレリと比較されるのもおかしいと怒りそうです。

デンソーに対抗するために「日産電装」構想が

 マレリの前身、カルソニックカンセイには「日産電装」の幻が投影されていたのです。1980年代、エンジン、シャーシー、サスペンション、エアコンなどが主要部品が電子制御化され始めました。ガソリンの噴射が気化器から直噴型電子制御に、経験則が占めていたバネやショックアブソーバーの縦揺れ横揺れ、室内の温度管理や気流など、さらにカーナビに代表される運転操作。多くの部品の機能はすべてがコンピューター管理されていきます。

 トヨタの強さは日本電装、ドイツ車の強さはロバートボッシュと電子制御技術に長けた巨大部品メーカーの存在があってこそ実現できたのでした。日産は系列下に優秀な部品メーカーが控えていたのですが、日本電装やボッシュなどのような総合電子部品メーカーが見当たらず、部品ごとに細分化されていました。

 カルソニックカンセイもその企業史を遡って前身である日本ラヂヱーターと関東精器を思い出してください。日ラヂはラジエーターやエアコンなど、関東精器は計器類などが事業の柱です。

 日産がトヨタ、世界で勝ち抜くためにも総合電子部品メーカーともいえる「日産電装」構想が持ち上がりました。ところが、系列部品メーカーといえ、それぞれ切磋琢磨し合いながら開発・生産技術力を高め、成長するのが企業の性です。「日産電装」の実現に向けて親会社である日産の強い指導力が不可欠でしたが、日産本体は自らの経営が足元から揺らいでいただけに系列再編に精力を注ぐ余裕はありませんでした。

 もっとも、トヨタでさえ日本電装はトヨタの指示に対して面従腹背が実態(注;きっと今でもそうでしょうが)でしたから、自動車会社の生死を握る部品メーカーを次代をにらんで再編するのは困難でした。

 そして自動車メーカーの未来を握る部品メーカーが挫折しました。それはマレリの悲劇という事実ではありません。自動車部品はあそこがダメなら、次回は違うところから調達するという代物ではありません。自動車メーカー、部品メーカーが一体となって5年、10年単位で技術開発して生産にまでこぎつける過程を経て、新車が世の中に初めて誕生します。

 マレリはじめ部品メーカーが力を失うことは、自動車メーカーの躍動が衰えることを意味します。電気自動車の開発・生産は自動車部品に代わる電機・電子部品メーカーの台頭が担うのは確実です。ソニーや日本電産など日本を代表する企業が手をあげています。

マレリの経営破綻は「自動車の世紀」終焉の序曲

 1950年代から築き上げた自動車産業のプラミッド構造が終焉を迎え、新たなモビリティの世紀に突入に向けて産業基盤の地殻変動が世界で起こっています。日ラヂ・関東精器、カルソニックカンセイ、マレリと続いた企業史には「日産電装」の幻影が残っていましたが、ついに消えます。残影として存在していた他の自動車部品メーカーも追随するかもしれません。

 今は「自動車の世紀」の終焉に向けて幕が開いた時です。マレリの経営破綻は序曲の始まりに過ぎないのです。

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