アフリカ土産物語(16)写真家ピーター・ビアード、ケニア・サバンナの風に舞う魂

 ケニアの大草原にあこがれたピーター・ビアード(1938~2020)というニューヨーク生まれの写真家がいた。多彩なセレブたちとの親交でも名をはせた作家にして冒険家でもある彼は若き日にアフリカの大地に宿された不思議な地霊によって覚醒したのだった。

 映画「アウト・オブ・アフリカ」(邦題・愛と哀しみの果て)でケニアのサファリをイメージする人は少なくないだろう。デンマークの令嬢(メリル・ストリープ)と現地でガイドを務める冒険家(ロバート・レッドフォード)のロマンスだ。

「アウト・オブ・アフリカ」に触発され、ケニアに

 デンマークの作家アイザック・ディネーセンがコーヒー農園の女主人の半生を描いた同名の小説(翻訳書「アフリカの日々」)が原作で、ビアードは少年時代にこの小説に触発されてアフリカを旅し、大学卒業後の1964年にケニアに住み着いた。

 彼は狩猟家や探検家が入り込んで環境が激変した動物保護区で乱獲されるアフリカ像の死体を徹底的に撮影した。それに過去の写真資料などを加えたドキュメンタリー写真集「ジ・エンド・オブ・ザ・ゲーム」を1965年に発表した。まさに地球環境をテーマとした先駆け的な作品だった。

 私がケニアの大草原で遭遇したのはゾウやキリンの群れやシマウマをとらえたライオンだ。鉄の檻に入れられた動物を見慣れていた目には別世界の景観だった。その雄大なランドスケープはビアードの研ぎ澄まされた感性をどれだけ刺激したことだろう。現地で入手した「ジ・エンド・オブ・ザ・ゲーム」の復刻写真集は大切な土産となった。

写真集「ジ・エンド・オブ・ゲーム」

 彼の私生活は波乱に満ち、ドラッグを愛好し、夜の社交界では女優やモデルとの噂が後を絶たず、サルバドール・ダリやアンディ・ウォーホールら前衛芸術家、ミック・ジャガーやルー・リードらロックスターとの親交で知られた。日々の出来事を書き込むダイアリストでもあり、写真をコラージュした日記はアート作品として世界的な評価を得ている。

難民少女を「ヴォーグ」の表紙に その後デヴィッド・ボウイと結婚

 おもしろい逸話がある。彼は、ソマリアから逃れてナイロビ大学で学ぶ難民少女と出会い、ニューヨークでモデルへの道を開いてあげた。1976年、ファッション誌「ヴォーグ」の表紙を飾った彼女はスーパーモデルのイマン・アブドゥルマジドである。後にミュージシャンのデヴィッド・ボウイと結婚して話題を呼んだ。これも才能の連鎖ではないだろうか。

マサイの人々

 ビアードはニューヨーク州ロングアイランドの公園内で2020年4月19日(現地時間)、遺体で発見された。認知症で約3週間前に自宅を出た末の82歳の最期だった。こうしたドラマ性も含め、この20世紀を代表する写真家の奔放な人生は映画にもなりそうな気がする。

2022年にはTOD’Sのイメージに

 そんなことを思っていると、トッズ(TOD’S)というイタリアのブランドの2022年春夏メンズコレクションが、ピーター・ビアードのエレガントで野性的なイメージに着想を得たものだというニュースに接した。サファリルックを現代風に解釈した、その都会的なジャケットの画像を見て、サバンナの風に舞うビアードの魂を感じた。(城島徹)

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