アフリカ土産物語(22)アンゴラにはためく国旗 社会主義の幻影か

ポルトガルが1576年に建設したサン・ミゲル要塞に立つ像

 27年続いた内戦で荒れ果てたアンゴラの地で、遠い日の情念と感傷を呼び覚ますものを見た。1975年の独立当時に制定された国旗だ。焦土にはためく赤と黒の布地に踊っていたのは、新国家がかつて掲げた社会主義をイメージさせる歯車と鉈(なた)だった。

国旗に遠い日の情念と感傷を見る

 ポルトガルから独立したアンゴラは旧ソ連、キューバの支援を受ける政府側の「アンゴラ解放人民運動(MPLA)」と、米国、南アフリカが支援する反政府勢力「アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)」の内戦が勃発した。

ウアンボ郊外の爆破されたサビンビ議長の自宅跡

 冷戦を背景とした東西両大国の代理戦争は石油(政府軍)とダイヤモンド(反政府軍)を戦闘資金に消耗戦を続けたが、2002年2月にUNITAがカリスマ議長サビンビの戦死により求心力を失ったことで同年4月4日に停戦に至った。

 360万人もの犠牲者を出し、国の人口を超える数の埋設地雷を残した戦闘だったが、終結した途端に海外からの投資が急増。日本政府も停戦半年後に復興への意見交換目的で川口順子外相(当時)が訪れ、激戦地ウアンボを視察している。翌年秋、現地の地雷除去現場を取材した際、来訪者用ノートに支援継続を誓う外相の自筆メッセージを確認した。

地雷を教えるNGOスタッフと子ども

 その帰り、かつての穀倉地帯ワコクンゴにある政府直轄の職業訓練キャンプで目にしたのがアンゴラ国旗だった。赤は戦闘で流れた血、黒はアフリカ大陸を表し、その中央に労働と生産を象徴する歯車、農業と闘争に用いる鉈(なた)、さらに社会主義を表す黄色い星が描かれたもので、鎌と槌(つち)が印象的な旧ソ連国旗のデザインにならったという。

アフリカの国旗の8割は緑色を採用

 アフリカ諸国の約8割が国旗に緑色を使っている。熱帯雨林やサバンナの気候帯に含まれる国が多いという理由に加え、アフリカでいち早く独立を果たしたエチオピアがかつて緑、赤、黄の三色旗だったため、追随する動きが国旗の色にも反映したからだ。

 アンゴラはそれと一線を画し、社会主義国家として発展しようという理想が赤と黒の国旗にこめられた。その後、モデルとした旧ソ連の崩壊が迫る1990年に社会主義を放棄したものの歯車と鉈の国旗は存続し、世界の国旗の中で異彩を放っている。

 

アンゴラ土産の木彫り

 イギリスの作家ジョージ・オーウェルが、スペイン内戦を義勇兵として書いたルポルタージュ「カタロニア讃歌」(都築忠七訳、岩波文庫)で、バルセロナ入りした時に「驚くべき、圧倒的なものだった」としてこう記している。

 ≪労働者階級が権力を掌握する町にきたのは、ぼくにはこれがはじめてだった。かなり大きな建物は、まずまちがいなく労働者に占拠され、赤旗もしくは黒のアナキストの旗がかかっていた。壁という壁にはハンマーと鎌、それに革命諸政党の頭文字が落書きされていた≫

 アンゴラ国旗が放つ強烈なメッセージ。それはまさにオーウェルが感じた「圧倒的なもの」だった。時空を超えたアフリカの辺境の地で、夢と失望が交錯した冷戦時代へと私はタイムスリップさせられたのだった。(城島 徹)

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