旭川・近文①いつのまにかゴールデンカムイとラストカムイにすれ違う

 JR旭川駅を出発して5分ほど乗ると、隣駅の近文に。旭川市は人口32万人、北海道第2の都市です。旭川駅の隣駅ですから勝手に立派な駅舎をイメージして降りたら、ホームは吹き曝し。長年風雪に耐えてきましたといった趣きの待合所が目の前にありました。

 旭川の冬はまさに極寒。零下20度を超える冬を重ねると、こんなに痛むのか。強風や吹雪の時は、とてもホームで立って待ってられないだろうなあ。ひとりで感傷に浸っていたら、乗ってきたワンマンカーの運転手さんが目の前に現れ「乗車券を?」。我にかえって渡しました。無人駅でした。

近文駅ホームの待合所

 旭川市の近文。北海道の地名の多くはアイヌ語の発音が源ですが、近文の由来はチカウンイ、鳥がいるところという意味だそうです。訪れた理由は明治時代にアイヌの集落コタンがあったからです。アイヌ神謡集をまとめた知里幸恵さんが育ち、自宅の跡地にある北門中学校には知里幸恵さんの文学碑や資料室が設けられています。知里幸恵さんの素晴らしい文章力に魅了されて以来、もう少しいろんなことを知りたいと思っていたのです

ラストカムイ

 もう1人。彫刻家の砂澤ビッキさん。スマホの待ち受け画面として作品をアップするほど好きな彫刻家です。一年前は、砂澤ビッキさんが工房を構えた音威子府村を訪ねました。起伏の激しい人生を追った「ラストカムイ砂澤ビッキの木彫」(芦原伸著、白水社)を読み、生まれ育った近文にやはり行きたいと考えていました。

 旭川市博物館の展示室で響き渡っていた弦楽器のトンコリを演奏していたOKIさんは、砂澤ビッキさんの息子さんです。アイヌの人々が生み出す作品を楽しみ、歩き回っていたら、知らず知らずのうちに「近文」という地名に辿り着いた思いです。国富論のアダム・スミスに倣えば、見えざるカムイに導かれてとなるのでしょうか。そういえば、私が生まれて間もない頃、父親が守り神として買ってくれたのがアイヌの酋長像。あの酋長が背中を押してくれたのかもしれません。

 記者としてオーストラリアに駐在していた時、先住民のアボリジニ、ニュージーランドの先住民マオリの文化・生活をたびたび取材しました。北海道で育ったせいか、先住民の文化・生活は身近な存在でしたから。残念ながら、歴史は重なります。アボリジニもマオリも後から上陸してきた英国人らに先住地を追われ、特定の地域に住むよう強制された歴史があります。

 保護地と称する町を訪れた際、アボリジニの子供たちは日本人を見たことがないので、遠くから私を興味深く眺めていたのを覚えています。英国風の建物はキリスト教を布教するための施設でした。アボリジニの子供たちは”近代の生活習慣”を教えられますが、両親など家族から強制的に引き離されるため、逃げ出すことも。親の下に戻るエピソードは映画にもなりました。

 マオリの人々が英国人に奪われた土地を取り戻するため、ある市の公園を占拠した事件も取材しました。もちろん、違法な不正占拠。しかし、彼らは「不正に奪われた土地を奪い返したのだ」と胸を張ります。

 そのオーストラリアもニュージーランドも先住民に対する歴史を謝罪し、ニュージーランドは1987年にマオリ語を公用語に選んでいます。

 アイヌも松前藩はじめ和人との攻防に敗れ、支配下に入ります。近文は明治20年、北海道の初代長官が旭川、上川周辺に点在していたアイヌに対し「給与予定地」として集落の土地を設定、約50戸が移住して出来上がった町だそうです。アボリジニもマオリもアイヌも住む土地を与えられたとはいえ、差別や雇用などでのハンディキャップは変わらず、生活は厳しいまま。

 しかも、近文のアイヌコタンは明治時代に再び移設する計画がありました。帝国陸軍第七師団が旭川へ拠点を移し、その候補地となったのです。第七師団はロシアなど北方方面の守りの要として日本最強軍団のひとつと言われ、日露戦争の旅順、ノモハン、ガダルカナルなど日本軍の歴史的な攻防で派遣されています。

 アイヌと第七師団が錯綜していることに気づきました。ゴールデンカムイ?。人気漫画・アニメのゴールデンカムイは明治時代を舞台にアイヌが発掘、秘匿したといわれる金塊を狙い、さまざまな欲望に取り憑かれた人物が登場してます。そういえば中心人物のひとりが陸軍第七師団の将校でした。

 旭川駅構内を歩くと2つのことに気づくはずです。ひとつは家具を中心にした工芸。シンプルだけど使い勝手の良い家具が美術館のように陳列されています。旭川は元々、家具産地として知られていますが、デザインの源である北欧家具のモデルを直近に見ることができます。

 もうひとつ。アイヌ文化の発信です。「カムイと共にに生きる上川アイヌ」と北海道の地図が重なるポースターが貼られ、あちこちには人気漫画・アニメの「ゴールデンカムイ」から生まれたお土産やキャラクターが待っています。

旭川家具

 家具とアイヌ2つの魅力をわかってもらおうと旭川駅構内に美術館があるのを知っていますか。家具と砂澤ビッキさんの作品を目玉に展示しています。素敵ですよ。家具の展示は最近、テレビ東京の「美の巨人たち」で放映されたぐらいですから、自信満々です。近文はその家具とアイヌ文化の源。アイヌの人々が職の一つとして励んだ木彫が家具に発展しました。

  近文駅から見える街並みは日本のどこにもである風景です。すぐ近くにはイオンがありました。でも、目の前に広がる街角に知らない感動があるのではないか。勝手に推察し、なんとなくドキドキしながら、近文を歩き始めました。

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