藤田と安宅が語る本物とは 経営者の魂が生きる大阪の美術館(1)

 2022年、大阪市に2つの美術館が新しく誕生しました。2月に大阪中之島美術館、4月に藤田美術館がそれぞれオープンしました。といっても藤田美術館の開館は1954年と私が生まれる前年ですから、正確にはリニューアルオープンです。ただ、10年ほど前に訪れた以前と比べて「よくここまで思い切った発想で創り変えたなあ」と驚くリニューアルです。その勇気に敬服したいと思い、あえて新しい美術館と表現して良いのではないでしょうか。

曜変天目と亀が恋しくて藤田美術館を訪ねました

 藤田美術館は明治期の実業家、藤田傳三郎さんが蒐集したコレクションを展示しています。藤田さんは東洋紡、関西電力、大成建設、南海鉄道、同和鉱業、毎日新聞など現在の日本経済を支える多く企業群の創出に関わり、五代友厚らと共に大阪経済の基盤を築きました。三菱、三井の財閥に並ぶ企業グループと財力を持ち合わせていました。その藤田さんは茶道具を集める数寄者として名を馳せるとともに、日本の美術品の海外流出防止にも努力していました。2000点に及ぶそうです。

曜変天目茶碗 

 最も有名な展示品は世界に3碗だけという国宝「曜変天目茶碗」。まさに眼福。今回で2度目です。三菱財閥を創業した岩崎家が蒐集した美術品を展示する静嘉堂文庫美術館でもう一つの「曜変天目(稲葉天目)」を拝見したこともありますが、偶然の産物ともいえる曜変天目の複雑な輝きは何度も見て不思議です。大阪市立東洋陶磁美術館の「油滴天目茶碗」を初めて見た時、こんな焼きが可能なのかと驚嘆しましたが、曜変天目を見た時は不思議?しかありませんでした。

 この国宝に負けないオーラを発するのが「交趾大亀香合(こうちおおがめこうごう)」です。中国・清時代の茶道具の一つで、幕末時の骨董番付で東の大関、つまり最上位にあった逸品です。長年憧れたいた藤田傳三郎さんでも蒐集が難しく、手入れたのが亡くなる10日前だったという逸話が残っています。

亀の香合は明治45年で9万円で落札

 明治期の骨董商として有名な広田不孤斎が書いた「骨董裏おもて」に購入時のエピソードが書かれています。日清、日露の戦争勝利で景気が上昇していた明治45年、大阪の生島家からの売立で「交趾大亀香合」が9万円で落札され、新聞で号外を出すほどの大評判となったとあります。この時に「将来大いにやり甲斐があるぞ」と深く肝に銘じ、骨董商として生きる覚悟ができたようです。 

 9万円が現代の金額に換算するといくらかと調べてみました。三菱UFJ銀行の調べによると、当時の1円は現在の2万円に相当するそうです。そのまま9万円を現代に換算すればなんと18億円。声を失います。他の情報では9億円相当だという説もありますから、良くはわかりません。どちらにしてもゲスの勘ぐりは全く無用です。とにかく普通の人間には思いも及ばぬ蒐集の執念であることだけはわかります。

 藤田美術館は何度か訪ねています。旧館は藤田邸の蔵を改装したものだそうですが、普段生活する邸宅だったのではと誤解するほど広かったと思いますし、お庭はまさに公園のよう。手入れは良いですし、散歩しても疲れを感じるほど。上にも横にも広い空間が広がっているイメージでした。

 交趾大亀香合の展示は、万が一の場合でも傷がつかないようとていねいに手を加えられていた記憶があります。「藤田傳三郎さんの思いが籠っているのだろうなあ」と思ってしまい、おおらかな亀の作品のイメージも加わって展示の空気に温かさを感じました。美術館を開館した趣旨として個人のコレクションとして収蔵しておかず、多くの人に公開したいという思いからとの説明があります。その通り、目の前にある空間をフルに活用して貴重なコレクションを見てくださいとの気持ちが直接伝わってきました。なんとなく微笑ましい印象が強く残っていました。

新しい美術館は先入観をすべて打ち壊す斬新さ

そんな以前の印象を見事に打ち壊してくれたのが「新しい美術館」でした。大きなガラス張りの外観から館内の空間が目に映ります。コロナ禍もあるのでしょうか、入館料は電子マネーで、しかも外で払いました。はっきりして好きです。スタッフさんがすかさず続けます。「先入観などを持たずにそのまま展示品を見ていただきたいので、展示品の説明はありません」。良いですね、お勉強で訪れたわけではありません。感動するために大阪へ来たのですから。「撮影しても良いのですか」と尋ねたら、「フラッシュは避けてください」とOKの返事です。大好きです。ニューヨーク近代美術館みたい。(注;記事中の写真は訪問時に撮影しました)

藤田美術館

館内は丸見えですから、玄関ドアは下界からの通過スクリーンのよう。空気が歪む感触を覚えて入場します。右側にお茶を点てる準備され、階段のように見えるスペースはきっと椅子なのでしょう。オープンエアの茶室バルのようです。

展示室へのドアは玄関から真っ正面にあります。板張りのドアが開くと、中は真っ暗。そろりと一歩踏み込みます。以前の藤田美術館の世界はどこに行ってしまったのでしょうか。

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