Great Sadness ありがとう、アストラッド・ジルベルト

 アコスティックギターが奏でる優しくてあたたかい弦の響きから始まります。

歌い出しは「Look out the window・・・」

Look out the window when that rain storms
I let the wind blow up a brain storm
And now I’m wondering whether weather like this gets you too
It may go on like this for hours
Too late in Fall for April showers
So what we got here
Got a thought or two
I need to share with you
Here goes

Darling tell me now・・・・

 アストラッド・ジルベルトの「ある悲しみ(Certain Sadness)」が好きです。「look out the window」で始まった歌は一度、「Here goes」でちょっと寂しげな声で立ち止まり、再び気を取り直すかのように「Darling tell me now」と甘えるような声で歌い始めます。

試聴はこちらから     https://www.youtube.com/watch?v=tB-tXqYFXUM

 初めて聴いたのは1960年代後半。「イパネマの娘」で世界的な人気を集めたアストラッド・ジルベルトのアルバムが自宅にあり、兄が聴いているそばで座っていたら「イパネマの娘」よりこの曲の方が良いじゃない。そう感じたのが「ある悲しみ」でした。

中学生の頃から聴き続ける

 まだ中学生の頃です。「ある悲しみ」とは何かはさっぱりわかりません。でも、指で弾かれるギターの音と女性歌手のふわっと包まれるような歌声が耳から離れません。アルバムには「Day by Day」「いそしぎ」「Fly me to the moon」などヒット曲が収録されていますが、やはり「ある悲しみ」が一番のお気に入り。英語の歌詞は理解できません。ただ、歌い出しの「Look out the window」や「Here goes」、そして「Darling tell me now」というわずかな手がかりと声の調子から「失恋の歌なんだろうなあ」ぐらいは理解していました。

 アストラッド・ジルベルトの東京公演を聴きに行ったことがあります。1990年代だと思います。東京・青山の「ブルーノート」で歌いました。実は、本当は行きたくありませんでした。「イパネマの娘」の大ヒットもあり、世界的な人気歌手になったせいか、体調管理ができず、アルコールなどで声が枯れているという噂を耳にしていたからです。ただ、会社の同僚から「ブルーノートに行きたいが、男一人は格好悪いので一緒に」と誘われ、「男2人も格好悪いだろう」と思いながらも足を運んだ記憶があります。

ブルーノートの公演は・・・

 歌唱力は予想通りでした。最初は声の調子も良く、ホッとしたのですが、途中からは声がかすれ始めます。中学生の頃から大事にしていたイメージが壊れそうで、寂しい気持ちがどんどん大きくなり、最後まで歌えるのか不安も募ってきます。正直、ちょっと後悔しました。レコードやCDから聴こえるアストラッド・ジルベルトをもっと大事にすべきだったかも、と。

 あとで、後悔そのものを後悔しました。体調が芳しくないにもかかわらず、ブルーノートという狭い空間にびっしりと埋まった日本のファンに向かって歌ってくれたのです。歌手と聴き手の距離が近いので、何も隠し立てはできません。声が本調子かどうか。当然、本人は承知しています。それでもステージに立ってくれた。だから一生に一度だけアストラッド・ジルベルトを間近に感じることができたのですから。

 今でも「ある悲しみ」はよく聴きます。アストラッド・ジルベルトのアルバムを聴く時は、結局はこの曲だけを聴いておしまい。スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルトが共演した有名なCDも持っています。ただ、「イパネマの娘」を歌うアストラッド・ジルベルトの声が音響機器とハウリングするのがおもしろすぎて、無駄な力を抜いてリラックスして歌う彼女の魅力を忘れてしまいます。

音楽の世界を広げてくれた

 アコスティックギターの音の素晴らしさ、語りかけるように歌う人間の声の味わい。ボサノバの魅力を教えてくれたのがアストラッド・ジルベルト。映画「黒いオルフェ」の音楽に携わったルイス・ボンファやアントニオ・カルロス・ジョビンのアルバムも購入し、聞き惚れたものです。「世界には素晴らしい音楽がたくさんあるんだよ」。ボサノバは教えてくれます。

  2023年6月5日、アストラッド・ジルベルトさんが亡くなりました。83歳でした。ありがとうの言葉しかありません。

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