鼻で聴く火災報知器 手話は指、表情、所作だけじゃない、寝ている時はどうするの

 手話を習っていると、自分のコミュケーションがいかに限定された世界にとどまっているかを思い知らされます。意思疎通のパターンは決まっています。目の前の現象や自身の考えを口頭で説明し、相手の目と耳など五感に訴えて理解してもらい、伝えます。生まれて間もない赤ちゃんのころからですから、もう数えきれないほど繰り返しています。それでもうまく意思疎通できないのですから、情けない。

五感をフルに活用していますか?

 手話は、「あなたは五感をフルに使い切っていると思うのは勘違い」と教えてくます。

 手話講座の先生が「さて、問題です」と生徒にクイズを出しました。「耳の聞こえない人は家の玄関のドアホンや目覚まし時計など鳴っても気づかないので、ライトなどでさまざまな工夫をしています。それでは万が一、睡眠中に火災報知器が作動した時はどういう手段で伝えるでしょうか」。

 火災報知器は天井に装着されています。火の気や煙を感じたら、警報が鳴る仕組みです。あまり想像はしたくないですが、大音量で、しかも気持ちの良くなるとは思えないブザー音が奏でるはずです。深夜、熟睡している時でも危険を知らせるためですから、当たり前です。

 ところが、耳の聞こえない人には大音量でも気づかない。さて、どう伝えるのか。思わず天井からシャワーのように散水するスプリンクラーなら目を覚ますだろうと思いつきましたが、自宅でスプリンクラーを設置するのはちょっと無理。お金も手間もたいへんです。

熟睡しても目が覚める香りとは?

 考え倦んでいたら、先生は「ヒントは香りです」と笑いながら言います。隣のベテラン先生はもっとヒントを教えてあげたいのを我慢しながら、ニコニコしています。

 香りってヒントになら、ハーブでしょう。しかし、睡眠中にハーブの良い香りが部屋中に漂っても、気持ち良くなるだけ。ミントなら気持ち良い目覚めとまるでテレビCMのようになってしまいますし、ラベンダーならより気持ち良く熟睡していまうかも。

 なかなか正解にたどり着かないので、ヒントが続きます。「身近なものです。食べられます」。酒飲みですからこのヒントで目が覚めるような刺激臭といえば、すぐに思いつくのは「わさび」しかありません。ただ、わさびの香りは微妙なクセが魅力。目が覚めるほど強い香りに仕立て上げることができるのか疑問です。

 小学生のように「ハイ、先生! ワサビです」と手挙げて答える勇気が湧きませんが、「わさび???」とボソッと口ずさんだら、「ハイ、正解です」と褒めてもらえました。授業中、教室の片隅に座りながら、自信無げに目をキョロキョロする昔の自分を思い出しました。

 手話の勉強を始めて2年目ですが、前年はコロナ禍で休講が続いたので今年は実質1年目。手話一年生です。深く考えなくても、昔の自分がここに座っているのは当たり前でした。

ワサビで目が覚める気持ちとは?

 しかし、ワサビの香りで目が覚める時、どんな気持ちになるのでしょうか。刺身にワサビを多くつけた時の鼻にツーンとする刺激を思い浮かべます。目覚めが良いとはいえないでしょう。

 耳が聞こえない睡眠は正直、想像できません。夜中の地震も、揺れと同時にカタカタと揺れる音を聞いて地震の大きさを予想します。臭覚だけで何が起こっているのか、火事なのかと判断する経験はありません。

 日常生活ではガスの臭いが危険信号です。ガスは本来、無臭ですが、かつて米国でガス中毒で大災害が起こってから警報の代わりに臭いをつけるようになったそうです。登山している時などは硫化ガスに注意しなければ地域もあります。ただ、臭覚はあくまでも五感のひとつ。鼻で感じたら、周囲を見渡します。森林や土壌の様子から総合的に判断する場合がほとんど。鼻の臭覚で瞬時に判断することはほぼありません。

神経や感覚を研ぎ澄ましているのか?

 文章を書いていると、研ぎ澄まされた感覚という表現を使いたくなります。繊細な感覚やきめ細かな気遣いなどを説明できる気がするからですが、これからは本当に神経や感覚を研ぎ澄ましているのかと自問自答する日が続きそうです。

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