手話3年目の初心者 シニアになったら、手話をやろう!

 手話の勉強を始めて3年目に入っています。手話の理解、習得はまだ初心者の域を脱し切れていませんが、ちょっとした確信を得ました。「シニア世代が手話を学ぶメリットは十分にあります」。むしろ、手話を学ぶことをお勧めします。その理由は?シニア世代真っ盛りの自分自身の体験をもとに簡単なキーワードに分けて説明します。

◆頭脳の活性化に抜群 

 手話を始めてすぐに痛感したのは、言葉の基本原則を改めて学び直すことの大事さです。文字、言葉としての成り立ち、どの言葉をどう選びのか、そしてどの言葉を並べて伝えるのか。

 「今さら、小中高の国語の勉強?」と思いますか。私自身を振り返ると、もう65年以上も日本語を使っていますが、日本語のベテランになったと勘違いし、使う言葉を真剣に選び、文字の並びに神経を使うことはほとんどありません。

 会社勤めを終えると、なおさらです。仕事上の気遣いが不要になって、「自分の話している内容を相手に理解してもらおう」という気持ちがほとんどなくなると時があります。時々、言いたい放題になり、後で反省することも。相手に何かを説明しようと考えたら、口が勝手に動いて言葉を発音している。こんなイメージでしょうか。

 手話を勉強すると、最初は指や手の所作に目が奪われますが、実は手話をどう並べるのかが次第に重要であることがわかってきます。例えば適切かどうかですが、英語を学ぶのと同じ感覚です。改めて言葉ひとつひとつの使い方、意味を考え直すきっかけになります。

 空間の使い分けも覚えます。今で言えば、メタバース。体の芯を基準に前、後ろ、右左と空間を切り分けて、「昨日」「今日」「明日」などの時間を伝えるほか、右と左の空間を「あの場所」「この場所」に設定します。仮想空間を手話と自身の体を使って構築して、時空を超える会話を成立させます。3次元、4次元を頭にイメージして考え始めます。格好良いと思いませんか。

 シニア世代になると、仕事上の付き合いがほとんどなくなり、家族との会話が多くなります。そうなると、相手が理解してくれるはずと思い込み、「アレ」「コレ」など固有名詞を使わず、正確に表現するのが面倒になってしまいます。

 手話を学ぶと、そんないい加減な表現や言葉選びでは伝わりません。

 最も苦労している指文字の場合、手のひらの向きや指の揃え方で意味が変わります。3本指を揃えて前向きにすれば「わ」ですが、指の背を相手に見せる後向きにすれば「ゆ」を意味します。指は揃えた方が良いのか、扇のようにばらけた方が良いのかなど手の5本指を使った表現はとても多彩です。

 とても「アレ」「コレ」のあいまいな言い回しのままでは、通用しません。シニア世代にとって、程よい緊張感を与えてくれますし、指や手の所作に細部まで気遣うことが求められるので、会話する相手に甘えるわけにはいきません。

 いつもと異なる緊張感を持って会話する。手話はシニア世代に適度な緊張感と論理的な思考が蘇るきっかけとなります。

◆表情、感情の表現が豊かに

 手話の使い手になるためには、顔の表情を豊かに使うことが不可欠です。現在、中級クラスで学んでいることが、表情や動作を多用して感情を表現することです。これが難しいのです。

 日本人は、食事の時は黙って食べなさいと躾され、ゲラゲラ大きな口を開けて笑ったり、目を剥いたりするのは失礼と教育されています。もう40年前ですが、欧州に旅行すると、レストランに入ると地元のお客さんがワイワイ食事しているのに対し、日本人のグループは静かに食事する風景をよく目にしました。

 でも、手話はワイワイの気持ちがとても大事です。日頃、無表情な私の場合、気分を高揚させなきゃと意識するぐらいです。その結果、手話の先生から「今回はよく伝わりました」と言われるとうれしいものです。

 子供が幼稚園に通っていた頃を思い出します。父兄参観の時、みんなでお遊戯をする際、幼稚園の先生からアドバイスされました。「恥ずかしがっちゃだめですよ」。胸の内を見透かされているようでギクッとしたのを覚えています。

 まして65歳を過ぎたシニア世代は、これまでの人生を肩に背負っています。誇りを抱くのは良いですが、逆に誇り高さが邪魔してします。大袈裟な動作恥ずかしいと思ったら、できません。

 手話を勉強していると、自分自身の恥ずかしさを忘れることが必要ですが、外国人の豊かな表現力はこういう思いで描かれているのだと知ることになります。

 ◆60年以上も生きてきた世界と違う風景が目に前に

 耳が聴こえない世界は、そう簡単に想像できません。音が無いという事実が、どれだけ普段の生活に影響するのか。

 手話講座の初級クラスの先生が多くの場面や危険を教えてくれました。自宅の近所で火事が発生して消防車やパトカーが駆けつけても、周囲の騒音が聴こえないので延焼などの避難のことなど考えなかったこと。

 緊急時はどう周囲から情報を得るのか。宅配便などの突然の訪問時は、パトカーなどの回転ランプなどで知らせる装置がありますが、睡眠時に万が一、火災が怒ったらどうして気づくのか。火災に反応して山葵の強い香りを発する装置の作動で目を覚ますそうです。

 耳が聞こえることに疑問を抱かない周囲が、ろうの人に信じられない行為に出ることがあります。手話で会話している風景は、何をやっているのだろうと不思議な顔をして眺めている人もいます。かつては私もその一人でした。

 初級クラスの先生は国内の旅行先で日本を訪れた海外の旅行客から声をかけられてもわからず、その外人は無視されたと怒って首にぶら下げていた緊急時用の笛を掴まれたことがあると教えてくれました。このエピソードを聞いて、驚くよりも「自分自身でもあり得るかもしれない」と自戒しました。

 最も新しい刺激となるのは、手話講座で学ぶ面々がとても多彩なことです。仕事で頑張ってきたシニア世代は、男性社会にズッポリとハマって生きてきた人が大半でしょう。会社、仕事を通じて共有された常識に従い、考え、行動してきました。笑ったり怒ったりの喜怒哀楽もこの常識内の世界にとどまっています。

 手話講座の生徒は、大学生から主婦、リタイア組までさまざまな経歴の持ち主で構成されます。ちょっとした反応も生徒によって違います。

 いつも通り、会社の基準で考える傾向にあるシニア世代には、眼からウロコ、コロンブスの卵の連続です。会社しか知らない世界で生きてきた自分の了見の狭さを痛感します。手話講座で学ぶみなさんと会話し、日常の話題を聞いたり教えたりしていると、いつのまにか、心にゆとりが生まれた人間に成長している自分にふと気づきますよ。

 手話がボケ防止に効果があると誤解しないでください。あくまでも能動的に学ばなければ、手話を自分自身のコミュニケーションツールとして活用できないと思います。65歳を過ぎて、英語以外の言語、言い換えれば日本語、外国語、そして手話と第3の言語を覚える気力が求められます。

 弛緩仕切った脳がビクッと動くのがわかるぐらい刺激的な世界を体感してみてください。

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