仲屋むげん堂通信 昭和の紙メディアはSNSに負けないぞ!

 「仲屋むげん堂」がひょっこり自宅の部屋から現れました。

 「仲屋むげん堂通信 No.7」。昭和48年に上京して阿佐ヶ谷に住み、隣の高円寺駅ガード下で偶然、出会ったお店が作成した紙のメディアです。まるで壁新聞みたいと感じて手に取って読み始めたら面白い。「やっぱり新聞を創るってたのしいなあ」と感じたきっかけの一つです。捨てずに本に挟み込んで大事にしまい込んでいました

50年前の「通信」

 もう50年近い歳月が過ぎました。でも、久しぶりに読んでみると、とても新鮮。私は大学卒業後、新聞社に勤めて記者、編集者を経験しましたが、今読んでも仲屋むげん堂通信からメディアの基本を諭される思いです。編集スタッフの才能に敬意を表します。

仲屋むげん堂

 仲屋むげん堂は、エスニックブームの先駆けといって良いんじゃないでしょうか。「通信No.7」で「インド・ネパール直輸入衣料雑貨 元祖仲屋むげん堂」と銘打っている通り、スタッフがインドやネパールへ出向き、衣料やアクセサリーなどを購入して高円寺で販売していました。「欲しいものがあったら、教えてください、次回の旅で探して買ってきます」と呼びかけていました。

 当時、「インドやネパールに行きたいなあ」と漠然に考えていましたが、大学入試に失敗した浪人の身。叶わぬ夢。買い物ツアーを仕立てて好きな国々を旅し、それでお金も稼げるなんて。うらやましいと心底、思いました。100円も無駄にできない生活を送っていたのですが、むげん堂で柔らかい厚手の綿で縫製したネパールの衣料を買ってしまった記憶があります

A4一枚の両面を使い、手書き情報がいっぱい

 むげん堂の「通信」はB4一枚。両面に記事がたくさん書かれています。文章もイラストもすべて手書き。印刷方法はわかりませんが、飾り文字、見出しのフォント、レイアウトなどを見ると、きっと出版社などを経験したかなりの手練れスタッフがいたのでしょう。

 「通信No.7」は9月30日発行。正確な年はわかりません。きっと昭和48年か49年。季節は秋に間違いないので、「夕空晴れ秋風吹きの巻」です。トップ記事の書き出しはこんな感じです。

東京の空だって、見上げれば、鰯雲やひつじ雲が高くひろがっていて、やっぱりほんとうの空にちがいありません。ずいぶん空を見ないで暮らしてきたなあ、とびっくりすることがあります。首をぐうっとのばして上をあおぐとほんとに、きもちが、せいせいするようです。

 巧みです。漢字を少なめ。ひらがなの柔らかい字体の魅力を活かし、ふわっとした暖かさを感じます。「肩に力が入っていないんだ、気負いなんて無縁だ」。むげん堂スタッフの思いをを伝えようとします。筆者はかなりの手練れですね。

「地球の歩き方」より5年も早く一人旅のノウハウ紹介

 2番手の記事は「おでかけですか?レレレのレ」。赤塚不二夫の「おそ松くん」に登場する人気キャラ、いつも道を掃除しているおじさんが発するおなじみの言葉を見出しにインドやネパールに旅に出る際の準備を説明します。

 絶対にわすれちゃならない三種の神器

・パスポート(イエローカードいっしょににしておく方がいい)

・お金(現金かトラベラーズチェックか、はいずれ説明します)

・チケット

 衣類。シャツ2、Gパン2類。もっていれば十分。洗えばすぐに乾くし、現地のものが安く手に入る。シャツもGパンも邪魔になればむこうで売れるし、交換もできる。

 記事はまだまだ続きます。成田やバンコクの空港、飛行機内での防寒対策、ネパールなど旅先での服装、日用品などきめ細かく手ほどきします。「女性の生理用品は、ナプキンならどこにでもある。旅に出ると変調をきたすことがあるらしく、正確無比を誇っていたのが、10日以上も遅くなってアオクなったのが、むげん堂のしま。ご用心。(細かいことの相談は彼女に)」との記述を読んだ時は、目が点になりました。

一人旅のノウハウがいっぱい

 さらに続きます。食料品として梅干しを、薬は胃腸薬とかぜ薬、シュラフなどと長期間の旅行に備え、事細かく注意点を指摘しています。

 若者の一人旅のバイブル「地球の歩き方」が創刊されたのが1979年(昭和54年)。むげん堂通信は、5年ぐらいも早く「旅のノウハウ」を掲載したわけです。実際に旅できるかどうか全く想像もできませんでしたが、一読しながらネパールの旅のイメージができあがったものです。

地方出身者の心をぐっとつかむ

 3番目の記事は「一人暮らしごはんの友」。書き出しがにくい。

この夏、クニに帰った人も多いと思うけど、うちのごはんと一人暮らしの食卓と、何か大きく違うとこ気がついた?

 高円寺という土地柄、私も含めて地方から上京した若者がたくさんいます。むげん堂のお客は、心は豊かでも財布の中身は乏しい。だから「ごはんとみそ汁さえ作れば、これでかなり心豊かな食事ができる」と励まし、あえて食器にこだわったり、料理の一手間をかけるなどちょっとした提案が続きます。アパートで自炊生活をしていましたから、この記事もしっかり読んだ思い出があります。

屋台情報は秀逸

 通信の”裏面”は「ちょっといっぱいやってこか?!」がトップ記事。高円寺駅前の北口の屋台を紹介します。

おじさんとこはじめんのおそいねえ、えっ?11時からなの?あ、煮えていないからね。で、朝6時まで?始発が動く後で店じまいと。大型台風でもこないかぎりは、雨の日も風の日も、ここで帰宅をいそぐ人の流れをみながら飲めるわけで。あっおかえんなさい!なんて知っている人にあったりして。なにしろ見えるとこまで店だと思って飲んでりゃいいわけで実に気持ちがいい。おじさーん、ガンモちょーだい。あたい、大根、ンと、ちくわにトーフね。・・・・・・

 阿佐ヶ谷駅前の北口の屋台で全く同じ風景を眺めて飲んでいましたから、もうハマりました。書き手の筆力がすばらしい。流れがあざやか。とても真似できません。最敬礼。

 裏面は特集記事で構成しており、通信No.7は「高円寺マップ準備シリーズ ライブハウス特集」。高円寺で最初のライブハウス「じろ吉」の紹介では、「かの心やさしき大姉御、浅川マキもきったけなあ」と始まり、出演バンドやチャージなどを説明しています。(浅川マキが大好きでしたので、新宿の「さそり座」のコンサートに行ったことがあります)「Red House」「稲生座」「L.A.Kids」も同じ要領で紹介、しかも地図のイラスト付きです。

 通信の記事は「さて、おしまいです。」で終わり。筆者のみなさんが一言を添えていました。

 SNS全盛の時代に紙のメディアを懐かしいというセンチな思いはありません。むげん堂通信を改めて読むと、伝えたい読者を目の前に見ながら、記事を書いている姿がよみがえります。書き手と読者の距離がとても近い。SNSにありがちな「言いっ放し」「書き放し」の世界とは違います。

 しかも、A4サイズの制約があります。「O.K?、むげん堂通信は3畳台所付きなので行き届いた紹介ができずに残念だ」と謙虚に、自信をみせていますが、そのコンテンツは自信が示すとおりの水準です。掃除をしているときに偶然、目の前に現れた「むげん堂通信」に「おまえもしっかり原稿を書いて、手作りサイトをなんとかしろ」と励まされてしまいました。

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