自動車が消える⑨このままでは半導体の栄枯盛衰と同じ道を辿る
確信はありません。でも、長年共にした取材勘が耳元でささやきます。「このままでは、凋落した半導体と同じ道をなぞってしまう」。自動車産業の10年後を冷静に考え直してみろ、と勧めます。
長年の取材勘が囁きます「自動車は大丈夫か?」
半導体の投資ラッシュが続いています。中国による台湾有事などを念頭に半導体の世界的なサプライチェーンの再構築が始まり、米国や欧州、韓国、台湾の半導体企業が日本へ投資を拡大しています。日本政府が改めて半導体産業のテコ入れに乗り出した2021年から積算すると、日本への投資額は2兆円を超えるそうです。
日本の半導体産業は1980年代、世界の頂点に立っていました。産業のコメといわれる半導体は自動車、機械の性能を極めるカギとなり、主力のDRAMで日本製品のシェアは一時、80%まで占めました。上位企業はNEC、東芝、日立製作所が常連。インテルなど米国勢は追い詰められ、サムスン電子は日本の技術を導入して、その背中を遠目に眺めて追いかけ始めたころです。半導体製造装置でもニコンやキヤノンなど日本企業がトップに並びます。まさにわが世の春。世界の半導体は日本の手中に収まっているかと思えた時でした。
しかし、1986年、日米半導体協定が結ばれます。半導体のみならず自動車や機械などでも日本の輸出攻勢が続き、日米間の貿易摩擦は過熱。業を煮やした米国政府は半導体にもさまざまな制約を要求し、日本政府も飲まざるを得ませんでした。協定は通算10年間に渡って日本の半導体メーカーの手足を縛り、米国だけでなく韓国勢の台頭も許します。協定が終了した1996年、日本の半導体シェアは20%程度にまで落ち込んでいました。
日米半導体協定が凋落の始まり
1996年以降も凋落は止まりません。フラッシュメモリーなど最先端の半導体を開発・生産し続けた東芝は姿を変えて今も健闘していますが、他の日本勢は生き残りの再編を繰り返しながらも、2012年のエルピーダー・メモリーの経営破綻で終幕します。
当時のエルピーダはナノレベルの世界トップクラスの高精細技術を誇っていました。ところが、直近の日本は台湾や米国からナノレベルの生産技術を導入する立場に代わっています。現在、2兆円を超える半導体投資ラッシュに沸く日本ですが、手放しで喜べる気持ちにはなりません。
翻って自動車産業の未来はどうでしょうか。広島市で開催したG7の首脳会議では、保有車両も含めてCO2の排出量を削減する方向を確認しました。2035年には新車、保有車を合計して2000年と比べて50%削減していく方針です。CO2削減の切り札である電気自動車(EV)は欧米や中国が先行し、日本がようやく重い腰を上げた段階。欧州連合(EV)がエンジン車全廃を掲げたEV政策が一部修正された経緯もありますから、G7の合意がそのまま実現するとは思いませんが、エンジン車からEVへの移行スピードが弱まるとは思えません。
トヨタ、日産、ホンダはEVを加速しているが
トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなど日本の自動車メーカーは、EVへの取り組みを加速しています。決して手を拱いていると考えていません。ただ、日本国内の新車販売でEVが占めるシェアはわずか2%程度。海外向けの実績はほとんどないのですから、冷静に眺めれば欧米や中国、韓国などのメーカーに比べて出遅れどころか、経験値も低く本気度を問われてもしかたがないでしょう。最近は米テスラはじめ中国のBYDも加わって、国内市場を防戦する立場に回りそうな心配すら覚えます。
日本の企業は一度、目標を決めたらまっしぐらに突っ走り、達成する”特質”があります。すでにホンダはEVへの全面転換を表明しており、日産、三菱自動車も軸足を完全に置き換えています。逡巡していたトヨタも新社長の登場を機会にEVシフトを連呼。もともと自動車の開発、生産については世界でもトップクラスですから、そのうちEVについても「ほら見ろ」とばかりに躍り出てくると期待したいのですが、果たして楽観できるのか。
欧米のEV政策の裏には、日本車が握る環境関連のエンジン・技術の主導権を奪還することにあります。日米半導体協定のように明文化されて手足を縛ることはしていませんが、EVの旗を振りながら、日本の自動車メーカーが迷路に嵌まり込むよう追い込まれていく恐れがあります。EVのデファクトスタンダードがすでに欧米によって左右されている現状をみれば、すぐにわかるはずです。
エンジンの成功体験を捨て切れるか
もっと心配なのは、エンジン車での成功体験を捨て去ることができるのかどうか。日本の自動車産業はトヨタなど完成車メーカーを頂点にデンソー など系列部品メーカー、さらに下請け企業などが裾野に広がる三角形のピラミッド構造でできあがっています。強固な結束力で構築された産業ピラミッドが日本の強さを生み出す源です。
しかし、この産業ピラミッドに囚われたままでは、並みのEVしか生み出せません。日本の半導体メーカーが消滅したのは、米国や韓国、台湾の投資競争をボッと眺めていたわけでありません。開発・生産の投資を継続していましたが、残念ながら過去の成功体験を捨て去るほどの大胆な経営決断ができなかっただけ。東芝、NEC、日立は経営の総合力で海外の半導体メーカーで上回っていたかもしれませんが、サムスンやインテルを超える開発・生産の発想と勇気を持ち合わせることができなかったのです。
発想転換と勇気を持って
日本勢を率いるトヨタは二の轍を踏むのでしょうか。確かにEV戦略は、豊田章男会長が掲げていた全方位戦略、エンジンもEVも水素も手掛ける方針を軌道修正している印象を受けますが、トヨタ系列をどこまで変革できるか。30年前の東芝や日立が歩んだ教訓を改めて学び、自身の強さを過信していなければ良いのですが。半導体もパソコンも日本のメーカーが育て上げたにもかかわらず、いまはほとんど海外勢の手に渡っています。
10年後、「欧米、中国が日本にEV投資ラッシュ」。こんな見出しのニュースを見て、日本経済がホッとする結末はみたくないです。