中国のBYDが米国のテスラを追い抜くのではないか。こんな憶測が増えています。電気自動車(EV)をリードしてきたテスラの販売台数を2022年、2023年上半期で追い抜き、世界トップのEVメーカーとして躍り出ました。世界58カ国・地域で販売しており、日本も2023年1月から販売を開始。2023年上半期で見ると、エンジン車を含めた世界の販売台数でトップ10に名を連ねます。あのテスラを凌ぐ強さとは何か。蓄電池からスタートした創業者の卓越した経営に敬意を評しますが、やはり中国政府の後ろ盾を見逃せません。勢いはまだまだ続きそうです。でも、先行きは楽観視できません。ひょっとしたら「アリババの亡霊」が待ち構えているかもしれないのですから。
価格と走行距離で頭抜けた水準
強さの根源は明快です。価格、走行距離で抜きん出ています。日本で2023年9月から発売した主力小型車「ドルフィン」を見てみます。EVの最大の難点はエンジン車に比べてかなり割高な価格です。ドルフィンの場合、363万円と407万円の2本建てのみ。日本のエンジン車より割高感はありますが、公的補助が65万円、東京都で購入すれば45万円がさらに加わり、差し引きすれば250万円台まで低下します。
日本国内で大ヒットした軽EV「サクラ」は233万円台から。公的補助で差し引くと実質178万円台。軽より車体や走行能力が上回る小型車クラスのドルフィンは、EVとしてみたらかなり割安に映ります。日本のエンジン車とも十分に競合できる価格水準です。
価格と並ぶEVの難点である走行距離はどうでしょうか。カタログによると、ドルフィンは400キロ。価格は44万円高いですが、より長距離走行できる「ドルフィン・ロングレンジ」は476キロ。軽EVは実質走行距離が100キロ程度といわれ、近隣を走り回る日常生活でも使えるとして好評を集めていますが、充電設備が不備な現状を考えれば行動範囲は限られます。ドルフィンは仮に300キロ以上を充電せずに走行できるとしたら、長距離旅行などにも使え、割安で使い勝手の良いEVとして評価されるかもしれません。
価格、走行距離で頭抜けたEVを開発、生産できる背景には、中国のEV政策があります。政府は2014年からEVなど「新エネルギー車」に対する車両取得税10%を免除する措置を実施しています。この免税措置は繰り返し延長され、EV需要を喚起しており、現在は中国の新車市場の25%をEVが占めるほどです。わずかな比率にとどまっている日本市場と際立つ差です。
世界最大のEV市場を演出する中国政府
中国の新車市場は2000万台を超える世界最大の市場で、2023年は2700万台が予想され、このうち30%に相当する900万台をEVが占める見通しです。世界最大の国内市場でEVが急成長する。目の当たりにする中国のEVメーカーが成長しないわけがありません。新興メーカーも乱立し、すでに中国のEVメーカーは200社を超えるといわれています。
しかも、中国政府は否定していますが、目に見えない支援策もあるようです。欧州委員会のフォンデアライエン欧州委員長は2023年9月、中国製EVの価格が中国政府による補助金で安く抑えられているとして調査する方針を発表しました。中国政府の補助金は輸出促進などを目的としており、世界貿易機関(WTO)ルールに従い報復関税を課す可能性も示唆しています。
中国の国内市場でEVが急成長する一方、EVを輸出すれば補助金を受け取れる。もし政府の補助金が事実なら、中国のEVメーカーは安心して巨額投資を継続する理由がよくわかります。欧米や日本の主要自動車メーカーはEVの蓄電池や駆動系、自動運転などまだ研究課題は多いうえ、需要見通しに不安があるため、生産増強を躊躇する動きが現れています。
後ろ盾があるから、巨額投資できる
中国政府が国内市場・輸出を拡大を進める後ろ盾があるなら、研究開発・生産に向けて投資できます。BYDの強みとして説明される垂直統合型の経営が力を発揮するのも納得できます。蓄電池メーカーから事業分野を一気に広げ、世界トップに躍り出る原動力を自ら主要部品を開発・製造する「垂直統合」のビジネスモデルにあると説明しています。タイヤとガラス以外は全て生産していると豪語しているぐらいです。
需要拡大を前提に新型モデルを相次いで投入する一方、EVの新興地域に進出して販売シェアを高める。多少の採算割れで腰が引けることはありません。世界で旋風を引き起こすBYD が中国から誕生するのも当然です。
実は、自動車の垂直統合型は米国、日本の自動車メーカーも当初は採用していました。その後、研究開発や生産の効率重視から分社し、系列・グループ、そして社外からの部品調達へと変わる過程を経ています。わかりやすい実例は半導体ですね。世界トップクラスの半導体メーカーが受託生産で成長したが台湾勢が占めている実例を思い出してもらえれば、最も効率を上げ、利益を上げる最適解が垂直統合型では無いことを理解していただけると思います。
裏返せば、中国政府の後ろ盾を失ったEVメーカーはどういう運命を辿るのか。
1999年に創業し、瞬く間に世界最大級のネットビジネスまで成長したアリババ。その栄枯盛衰がどうしても亡霊のように浮かび上がります。2014年のニューヨーク市場での株式上場は史上最高の250億ドルを記録し、ネット金融サービスの先陣を疾走し、中国市場の個人消費に大きな影響を持ち始めました。創業者のジャック・マー(馬雲)氏の発言が社会や政治に波紋を広げる事態も起こります。
アリババ創業者の馬雲は姿を消す
出る杭は打たれたのでしょうか。2020年12月、独占禁止法違反の疑いで調査を受け、巨額の罰金を支払います。ジャック・マー氏は姿を隠し、経営も手放してしまいます。習近平主席と対する上海派を率いる江沢民元共産党総書記と近い関係が疑われたのか。それとも中国経済・社会に影響力を持ち始めたアリババに対する警鐘なのか。わかりません。ジャック・マー氏は今、東京大学の客員教授を務めています。
BYD はこれからも躍進し、EVのみならず情報技術など幅広い分野の事業で世界をリードするかもしれません。しかし、華やかな表舞台で踊り続けるために中国政府という演出家が背後に控えているとしたら・・・。「アリババの亡霊」がいつ登場するのか。的外れな勘繰りで終わると良いのですが・・・。