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デンソーが EVを発売する日 部品メーカーの悲願と彼岸

 デンソーが電気自動車(EV)を発売する日が近づいているのかもしれません。

独ZFが日本でEVを発売

 8月初めの日本経済新聞の記事によると、ドイツの自動車部品メーカー、ZFが2026年にも日本で商用の電気自動車(EV)を発売するそうです。小型車の設計から生産までを請け負い、2030年までに合計1万台の販売をめざします。日本のトラック会社などがガソリン車からEVへのシフトを加速しており、ライバルが少ない日本市場に進出を決めたようです。といってもこれは表向きの理由と受け止めています。EV時代の到来はガソリン車が100年以上かけて築いた自動車市場の秩序を崩壊させています。ZFは今こそ部品メーカーからEVメーカーへ脱皮するチャンスと決断したに違いありません。

自動車技術は部品メーカーが握る

 ZFはドイツのロバート・ボッシュ、日本のデンソーに次ぐ世界第3位の自動車部品メーカーです。駆動系やシャーシー系など自動車の中核部品を開発、生産しており、電気自動車関連の主要機器でも実績を重ねています。ボッシュ、デンソー、ZFのクラスは世界の自動車メーカーに遜色ない経営力、開発力を兼ね備えているので、本気になれば自動車一台丸ごと仕上げることはそう難しくありません。本音を言えば、ボッシュやデンソーの部品が無ければ、主要自動車メーカーは成り立ちません。極端な言い方になりますが、トヨタの自動車工場はデンソーなど系列部品メーカーの部品を手際良く組み立てているだけですから。

 部品メーカーとして世界の自動車技術を実質的に握っているとは言え、経営効率の最適解は違います。VW、ベンツ、BMW、トヨタなど主要自動車メーカーはすでに世界各地に販売網を構築し、そのブランドを広めています。自動車メーカーと濃密な信頼関係を維持し、利用する方が収益力を高めるうえでプラス、と誰でもが判断するでしょう。

「完成車」に手を広げたいという悲願

 だからといって、自動車部品メーカーが部品の集合体「完成車メーカー」に脱皮したいという悲願を忘れ去っているわけではありません。トヨタ自動車、デンソー、アイシンなどトヨタ系列は傍目には一心同体と見紛うほど新車開発にエネルギーを注いでいます。しかし、そこは夫婦関係と同じ。思いや利害すべてが一緒なわけがありません。

 デンソーにこんなエピソードがあります。日本電装の時代です。1980年代、半導体を軸に電装品の技術が急速に進歩したため、電装は半導体の開発・生産体制を拡充します。当然です。ところが親会社のトヨタは日本電装とは別に独自の半導体工場を建設することを決めました。系列内で重複する投資案件で、生産効率を最優先するトヨタグループとしては異例の決定です。当時の開発担当副社長が胸の内を明かしてくれました。「このままでは電子機器の技術を日本電装に握られています。ストップさせるためには1000億円程度の半導体投資は惜しくない。ゴミ箱に捨てる覚悟だ」。

 自動車の技術開発・生産は系列の頂点に立つ完成車メーカーが主導していると思われがちです。司令塔であるのは間違いないでしょう。しかし、その目標となる技術を実用化・量産化するのは部品メーカーの実力次第。部品メーカーとしてこの分野に注力すればさらに成長できると考えても、自動車メーカーの立場から見れば技術開発の主導権を奪われ、部品の価格交渉力も失います。逆に部品メーカーの立場になれば、どんなに優れた技術を持っていても、自動車メーカーに部品の価格交渉で譲歩を求められ、利益の旨味を常に失うわけです。

いすゞ系列のプレス工業はボルボと合弁が夢だった

 自動車部品メーカーが完成車生産にも手を広げ、収益力を高めたい。実力のある部品メーカーほど悲願として胸に秘めながらも、親会社の自動車メーカーとの相克を恐れ、諦めます。猛暑の時期に例えれば、対岸に行きたいけれども叶わない彼岸の境地に似ています。

 悲願に手が届く寸前だった部品メーカーはあります。いすゞ自動車系のプレス工業は「ビッグホーン」の生産をてこに飛躍する夢を見ました。ビッグホーンは1981年にいすゞが発売した4WD(四輪駆動車)で今で言えばSUVの先駆けともいえる名車です。デザイン、走行性能ともに優れ、大柄な車体でありながら乗用車のような運転のしやすさを実現。当時の4WDは悪路の走破性能は優れているが、ハンドルが重く動きも大回りします。扱いにくいと思われ敬遠されていました。ビッグホーンは米国で大ヒットし、有名スポーツマンらがその安全性能を評価してマイカーにするほどでした。

 プレス工業はビッグホーンを通じて生産や開発のノウハウを蓄え、いすゞ系列からの転身を密かに抱いていました。しかし、ブランド力がありません。そこで考えたのがスウェーデンのボルボとの合弁事業でした。ボルボは日本市場をさらに広げる野心を持っています。ボルボのブランドとプレス工業の生産・開発力を掛け合わせれば、世界でヒットするSUVが生み出せるはず。当然ですが、親会社のいすゞから待ったがかかり、悲願は頓挫、雲散霧消します。

未来を定めきれないトヨタの戦略が引き金にも

 デンソーが今、どんな野望を抱いているのかは知りません。ただ、最近の未来を定めきれないトヨタの経営戦略を横目でみて、将来に不安を感じていても不思議ではありません。ガソリンエンジン車、ハイブリッド車、水素燃料車、電気自動車を「全部やる」と豊田章男社長はテレビCMで声高に断言しています。

 しかし、スバルと共同開発した電気自動車は発売直後にリコールとなり、販売再開の見通しは立っていません。セダンの象徴だったクラウンにSUVなどを加えた16代目の新型クラウンを7月に発表しましたが、いまだに生産と発売の時期が明確になっていないようです。長年、開発・実用化に精力を費やしている水素燃料車は、実験の域を抜け出せません。結局、トヨタはガソリン車とハイブリッド車という従来の市場で事業展開するしかないのです。このままではEVへシフトする世界の趨勢から取り残されてしまいます。

 EVへシフトできない理由はわかっています。トヨタ系列だけでみても、二次下請け、三次下請けを考えれば4万社近くになるそうです。内燃機関のガソリンエンジンを捨て去れば、下請け企業はどうなるのか。日本経済の大黒柱である自動車産業が抱える雇用はどうなるのか。トヨタがそう簡単に身動きできない背景は十分に理解できます。

 再び「しかし」です。デンソーやアイシンなど世界的な部品メーカーは自動車の潮流に乗り遅れるわけにはいきません。自動車はEVを切り口にデジタル化が加速し、情報通信、エンターテインメントなど多くの分野の技術が結集される移動体に生まれ変わろうとしています。今は世界の最先端に立っているとしても、自動車の進化を黙って見過ごしていたら、21世紀後半に創出する新しい産業そのものから脱落してしまいます。

デンソー、アイシンは世界の潮流を黙って見過ごせるのか

 デンソーやアイシンはこのまま静観しているのでしょうか。この2社が手を携えれば、EVの開発・生産はそう難関ではありません。EVの先を見透したら、未来に向けた一歩に過ぎません。繰り返しになりますが、EVは自動車の歴史を書き直そうとしています。米国テスラを見れば、すぐにわかるはずです。もしデンソーがEVに進出するほどの野心を持っていなかったら?日本の自動車産業に待ち構える先には衰退の文字が待っています。

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