カルパースがトヨタ・豊田章男会長の選任に反対票 トヨタイムズが伝える「都合の良い真実」
米国最大の公的年金基金であるカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)が、トヨタ自動車の定時株主総会で提示されている豊田章男会長の取締役選任議案に反対票を投じたそうです。反対理由は取締役会の独立度が50%を下回っていること。同じ米国で議決権行使を助言する会社のグラスルイスも豊田会長の議案に反対を推奨しています。こちらも理由はほぼ同じ。なぜ海外から豊田会長の選任に疑義が注がれるのでしょうか。図らずも自社メディアのトヨタタイムズがその理由を教えてくれます。外からの批判には耳と眼を塞ぎ、気持ちの良い情報が重宝される。トヨタの内情を映し出しています。
物言う株主がなぜトヨタに疑義を
カルパースは1932年に設立され、国内外で投資活動を展開しており、投資先企業の経営に対して積極的に意見を公表、疑義を示す姿勢で知られています。カルパースの動向は、世界の機関投資家を左右するため、日本の金融市場でもたびたび登場してきました。いわゆる「物言う株主」の分類に入りますが、公的年金基金を扱っているだけに株高などを狙って売り抜ける投資ファンドとは一線を画しています。
そのカルパースがトヨタの株主総会の議案に反対。しかも、創業家出身でトヨタグループの全権を握る豊田章男会長を信任せずと公表したのです。さすがにスルーはできない事案です。カルパースもグラスルイスも、4月に就任したばかりの佐藤恒治社長ら他の取締役についても反対しているそうですが、豊田会長が佐藤社長らを選んでいるわけですから、焦点は豊田会長に絞られます。トヨタは「カルパースから社外役員比率を過半数とすべきだとの意見も受け取っているが、当社は最適な人材を役員として任命している」とコメントしているそうです。
選任反対の理由は独立性が担保されていない
豊田会長を信任しない理由は、取締役の独立性が担保されていないことです。グラスルイスは監査役についても、独立した監査役の数が不十分と指摘しています。カルパースもグラスルイスも経営判断が第三者の目からみても公正な手続きを経て承認されているのか、その結果の検証についても疑いの目でみているわけです。
トヨタは日本最大の企業の一つで、そのグループは日本経済の基幹産業である自動車を支えています。豊田章男会長は、近い将来は経団連会長に就任するかもしれません。まさに日本経済を担う企業のリーダーとして世界から注目を集めている人物です。その経営判断や取締役の選任に疑義が示されているとすれば、日本経済にとっても大きな損失です。
キーワードは第三者の声を聴く
なぜ疑義を持たれるのか。そのキーワードは「第三者」。身内ではなく、他人の意見にも耳を傾けているのか。経営判断する過程で、異論も含めて議論しているのか。逆に豊田会長の心中を察して「異議なし」を連呼するだけなのか。取締役らが経営の全権を握る人物の一挙手一投足に目を奪われているだけなら、トヨタに投資する株主が近い将来、大きな損失を被るかもしれない。その損失を防ぐ、あるいは最小限に抑えるためには、豊田会長の意向に左右されない第三者の存在が不可欠。カルパースもグラスルイスもこう考えています。
トヨタに「第三者の声」を聞く耳があるのか。その疑問を解くカギはトヨタイムズです。豊田会長のコミュニケーションに対する考え方をわかりやすく表しています。社長時代、新聞など大手メディアがトヨタが発信する意図を正確に伝えないとして自社メディア「トヨタタイムズ」を開設しました。新聞やメディアを上回る資本を持つ会社です。ネットを通じてトヨタの情報を発信する体制を整えることはそう難しいことではありません。企業が自身の考えを伝えることはとても良いことです。全く異論はありません。
トヨタは開設当時、その狙いをこう説明しています。
「トヨタイムズは、今まで公開されることのなかった、トヨタのありのままの姿をお見せするメディアです。モビリティカンパニー への変革に向けて、トヨタの中でどんな変化が起き、トップである豊田社長は何を考え、何をしようとしているのか?トヨタの内側をお見せしていきます」
豊田社長の胸の内は2020年6月の株主総会で、ある株主から受けた質問に対する答から推察できます。
質問;「5千億円の黒字見込みを発表したのに、翌日のマスコミはトヨタ8割減と太字で新聞報道をしている。私はマスコミにそっちを書く?と思った」。
答;「決算発表の当日は、いろんな方からよく予想を出しましたね、感動しましたよと言っていただきました。次の日になるとトヨタさん大丈夫?と言われてしまい、正直悲しくなりました。」。続けて「要は言論の自由という名のもとに、何をやっても批判されるということだと思います。最近のメディアを見ておりますと何がニュースか?は自分たちが決めるという傲慢さを感じずにはいられません」。
この違和感がトヨタイムズ創設を生むことなったようです。
豊田章男さんはメディアに違和感
豊田章男さんが抱く違和感は十分にわかります。ただ、メディアは 取材先の情報そのまま伝えるだけなら、情報の垂れ流しと同じ。トヨタに関する情報を先取りして新聞やテレビで伝えることもあるでしょうし、トヨタの意図にそぐわない解説などもあります。それは当然です。メディアは多くの国民から注目を集めるトヨタの現状と未来を正確に伝える努力が使命だからです。
新聞などメディアとトヨタイムズの違和感の例を見てみます。直近の話題なら日野自動車のエンジン不正問題。不正発覚当時のトヨタイムズでトップを飾るコンテンツは「知られざる凄腕職人の技能に迫る!」「22年7月度労使懇談会」など5点。最後のコンテンツはSDGsに関するモノで「何を開発するの?」「持続可能?」とシロクマが質問していました。「新着」「トヨタのニュース」の項目もクリックしましたが、日野自動車の不正には全く触れていません。
トヨタイムズは日野の不正はスルー
日野自動車の不正問題は、トラックメーカー最大手の経営危機を招き、自動車産業に対する信頼を傷つけました。結局は三菱ふそうトラックバスとの経営統合に発展したことから分かる通り、重要な事件です。トヨタイズムが無視する道理がわかりませんでした。
しかも、当時の豊田社長は親会社としての責任などには触れず、その後はむしろ信頼を裏切ったとしてトヨタ、日野、いすゞが設立した電気自動車などの開発会社から”除名”し、三菱ふそうトラックバスとの経営統合によってトヨタグループから切り離します。親が子を勘当する構図です。
エンジン不正の責任は日野が背負うのは当然ですが、日野は世界的なトラックメーカーで、トヨタグループにとっても大きな経営価値を持っています。まずは親のトヨタが経営不安を支援し、再生するのが最優先される経営判断です。
日野と三菱の経営統合は「水素技術などで協業」と伝える
直近のトヨタイズムは日野と三菱ふそうの統合を「水素技術などで4社協業」と伝えています。これがトヨタの伝えたいことなのでしょう。コミュニケーションがまるで一方通行。都合の良い真実は伝えるが、不都合な真実は伝えない。裏読み過ぎるかもしれませんが、こんな印象を持ちます。
第三者の目から日野の不正問題を捉えたら、どう伝えるべきなのか。この手順が欠けているなら、トヨタのコミュニケーションに疑義を持つのは当然です。カルパースもグラスルイスも、トヨタグループの企業価値を高める経営判断が毎日、公正に下されているのかと疑いも持つのは当然です。
トヨタの株主総会は6月14日に開催します。どんな質疑応答が繰り広げられ、トヨタイムズはどう伝えるのでしょうか。