退きそうで、退かないカリスマ経営者、それができるのがカリスマの証拠
新聞記者になってうれしかったのは、会いたい人に会えることでした。マスコミは第◯の権力といわれますから自戒は必須ですが、会社の名刺の力でお会いできるのは一度だけでしょうか。あとは自力が問われます。幸運にもカリスマ経営者と言われる社長さんとお会いし、親しくしてもらうチャンスをたくさん経験しました。ほんと幸運です。自分も良い歳になると、当然ですがカリスマ経営者の皆さんも良い歳になり、多くの人の関心は「経営トップの座からいつ退くのかな」となります。なぜって会社をここまで大きくした経営者が退いたら、今後の会社はどうなるのか。従業員、株主じゃなくても、誰でも興味が湧きますよね。
日本電産の永守さん、二転三転のトップ交代
日本電産の永守重信会長が10月26日に臨んだ記者会見が話題を呼んでいました。永守氏は2021年7月の決算会見で6月末に後継を託したばかりのCEOの関潤氏を信頼し「次回の記者会見には欠席する」と話したそうですが、10月の決算会見に再びオンラインで記者会見に参加しました。2022年3月期決算の上半期営業利益は前年同期比30%増の902億円と好調です。しかし、永守会長は違う受け止めをしています。2021年6月にCEOから退いたにもかかわらず、世界を襲ったコロナ禍の打撃を念頭に入れながらも950億円は必要と9月には社幹部に話していたそうです。結果は50億円弱足りなかった。
また10月26日の会見では電気自動車(EV)用駆動モーターについて「工場を中国にもう1カ所、北米にも建設する予定だ」と表明し、30年の世界シェア4割を超えることを目指すと強調しています。発言を見る限り、まだCEOのままです。関さんは名ばかりCEOです。本人はつらいですよね、日産自動車で社長になれず会社での地位に納得できずに日本電産に移ったのに・・・。日本電産の3年前のトップ交代劇がよみがえります。
日本電産の後継者問題は実は2度目です。長年の課題である後継問題に一区切りをつけるかのように2018年に吉本浩之氏を社長に選んでいます。吉本浩之氏は日産出身で、外部からのスカウト人事として話題を集めました。しかし、永守氏は会長兼CEOとして事実上、吉本社長の活躍を試す立場でいました。1年半後、吉本氏は副社長へ降格され、日産自動車から関潤氏をスカウトし、社長に就けました。2021年6月に日産自動車出身の関潤氏にCEOを譲り、会長に就任。関氏にバトンタッチしました。今度は関氏のCEOの椅子も危うくなっています。まあ、永守氏がどのような肩書きであろうが、社長もCEOも権限はなく、吉本、関両氏は文書上の社長、CEOに過ぎないと思えますが。
永守会長は1973年に日本電産を創業した一人です。日本企業としては稀有な買収を重ねて規模を拡大する戦略を展開しながら、他を圧倒する好業績を誇示し、名経営者の一人として注目を浴び続けてきました。言動を見ると、最高経営者の責務を譲ったと明言したにもかかわらず、その後の言動は首尾一貫しているように思えないはずです。社長、CEOの座を譲りながら社長を社長、あるいはCEOと思わず、経営の主導権を離しません。前言を簡単に翻します。
それがカリスマ経営者と呼ばれる資格そのものなのです。ご本人は前言を翻すなんて意識はないはずです。自分が正しいと判断したことを実行しただけのことですから。日本電産と同じ風景を思い浮かべるのはファーストリテイリングです。ユニクロの創業者、柳井正氏は過去、永守さんと同じことを繰り返しています。柳井氏は1997年に伊藤忠商事から転じ、わずか1年半で副社長まで上りつめた沢田貴司氏を後継に指名しましたが、固辞されています。2002年に日本IBM出身の玉塚元一氏に社長を譲りましたが、わずか3年でクビに。社長に返り咲きました。現在は息子さんが社長候補らしいのですが、柳井氏はかねて世襲はしないと言明しています。
カリスマ経営者とは、前言を翻す権利を持っているヒト
これで思い浮かぶのはファナックの稲葉清右衛門さんです。稲葉さんは1972年、富士通から子会社の富士通ファナックの専務に就任。1975年に社長に就任しました。富士通ファナック(後にファナック)は工作機械の自動制御に欠かせないCNC装置で世界の5割を握り、日本を代表する超優良企業に育てました。事実上の創業者です。稲葉さんに呼ばれた役員の皆さんは気をつけての姿勢で立ち、稲葉さんからの言葉を待ちます。隣にいる私は役員の皆さんに恐縮して小さくなるしかありませんでした。後継問題でじっくりお話をする機会がありました。稲葉さんは「息子の義治さんが社長になることは絶対にない」と断言します。憶測記事も書かないでほしいと。社長交代の憶測で稲葉義治さんの名前が流れると明らかに不愉快な表情をします。1999年小山成昭氏に社長交代したのですが、名刺には営業担当と書かれています。稲葉さんに社長が営業担当と書かれているのは奇妙ですと伝えたら、「社長が営業の最前線に立つ時代だ」と返ってきました。2003年、息子さんの稲葉義治さんが社長に就任します。
カリスマ経営者で忘れることができないのがスズキの鈴木修さんです。社長の座は譲るのですが、後継社長の健康問題もあって会長兼社長、CEOなど肩書きが何度か変わるものの、会社の実権を握っていました。「相談役に就任しても、スズキの誰も一番偉いのは修さんだとわかっているのだから、社長育成のため権限を委譲したら」と話すと嫌な顔をします。一度、「社長は他に譲ってCEOの肩書にワンクッションをつけたら」と話すと、「何がCEOだ」と一蹴されましたが、数年後にCEOに就任するとにこやかに記者会見した時はさすがに言葉を失いました。最終的には経済産業省出身で娘婿の小野浩孝さんを後継を決め、次の道筋を描いていたいのですが、小野さんを病死で失う不幸があったのも見逃せません。結局、「技術者としては優秀だが社長には相応しくない」と考えていた息子の俊弘さんに社長を譲ります。
創業者が自らの会社に託す思いは想像を絶します。永守重信さん1967年、職業訓練大学校(現在の職業能力開発総合大学校)を卒業して音響機器メーカーを経て日本電産を創業しています。28歳です。私は全く偶然ですが、もう20年以上も前に同校で製造業の未来について講演したことがあるのですが、前年がなんと永守さんでした。僭越至極とはこのことかという立場で講演する羽目になりました。しかし、同校関係者の皆さんが永守さんをとても誇りに、卒業生の多くから尊敬され、目標にされていることを知りました。
永守さん、柳井さん、稲葉さん、鈴木さんらカリスマ経営者は常識を破る発想で新しいビジネス領域を拓き、世界企業に育て上げた人たちです。それぞれの先見性はやはり抜きん出ています。もう5、6年前になりますが、中国が一人っ子政策を修正するとのニュースが流れた時にたまたま柳井さんと話していたのですが、「中国は3人ぐらいまで増やすぐらいのことをしないと持たない」と予測していました。まさに中国はその予見通りの政策を選びます。この先見性があるから、ユニクロが世界の状況を機敏に判断しながら、各国での存在感を高めているのでしょう。
当然、カリスマ経営者に対する妬みや嫉みなどを書き連ねたら、終わらないぐらい聞いています。しかし、周囲からの雑音に惑わされずに経営の最終決断を下すのは社長職の運命です。ましてカリスマとなれば誰も苦言は告げなくなりますし、逆に本人の目の前ではイエスしか言わなくなります。会社の未来を決定する後継社長の選択は最も孤独な作業になります。世界に通用する企業が指折り数えられるぐらいしかない日本です。個人的な意見ですが、カリスマ経営者のみなさんは後継問題など気にせず、どんどん決断してほしいです。社長1人が代わったぐらいで経営がおかしくなる企業は、どっちにしても遠からず挫折するのですから。