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東京・再開発の癖を考える①三菱の「丸の内」100年以上も守り続けること

  東京・大手町を久しぶりに訪れると、「大手町ビル」の変貌ぶりにいつも見惚れます。2020年に終えたリノベーションで外見は格子を基調に赤い壁が輝いています。丸の内や大手町の地主である三菱地所の最新の高層ビルと比べれば、背も低く小さなビルの印象かもしれませんが、気品が感じられます。

大手町ビルのリノベは三菱地所の理念の表れ

 でも、それは”外見”だけ。正確にはリノベーションで耐震性能などの工事を施しているので骨格も含めて強度の高いビルに変わっているのでしょうが、解体して建造しているわけではありません。もともとは1958年に竣工したとても古いビルです。正式名称は「大手町ビルヂング」。ビルディングじゃないのです。その名の通り、昭和のオフィスビルを代表するかのように壁の石材などはとても立派。きっと建材は今では手に入らないでしょう。

「大手町ビル」は自宅より寝食を共に

 こんな思い入れたっぷりに説明するのも、大手町ビルとは古い付き合いだからです。1980年代、20歳代後半の3年間、まさにビルと寝食を共にしました。自動車業界の記者クラブが入居していたので、毎日の生活は大手町ビル。夕刊用に早朝から記事を書いたり、取材の夜回りで深夜に戻り、新聞のゲラや記事執筆で午前2時、3時まで居座るのはいつものこと。そのままソファや椅子で寝て、朝から出先へ向かうことも。当時の3年間のビル滞在時間は確実に自宅よりも長く、大手町ビルが本宅みたいなものでした。

 おもけに地下には「リトル小岩井」がありました。味は今一つですが、山盛りの中毒性の高いスパゲティやサンドイッチがあり、お金がかかりません。ラーメン「二郎」と同じコンセプトですね。

大手町ビルには三菱の哲学が反映

 長々と大手町ビルの思い出を書くのは理由があります。三菱地所の再開発の基本哲学が最も反映されているからです。三菱は三井や住友など他の財閥グループに比べ、かなり保守的です。近代日本を背負ってきた誇りもあるのでしょうが、明治から100年の歳月が過ぎても変えようとしません。不動産業としては、疑問です。

 米国ニューヨークのマンハッタンでその象徴ともいわれたロックフェラー・ビルの買収で「日本が米国を買収する」と話題を振りまきましたが、失敗しない権威の塊を米国投資する保守的な経営姿勢を貫いただけです。結果はご存知の通り、失敗です。

 大手町ビルのリノベーションも三菱本館と同じ発想です。大掛かりな工事計画が発表される前、三菱地所の親しい社員と飲んでいたら「さすが古いビル。基礎がしっかりしているので、解体工事の費用が半端じゃない。三菱が創り上げた丸の内、大手町の空気感を残すためにも外見だけを工事するんだ」と教えてくれました。東京の都市再開発計画でありがちな解体優先を貫く考えは持ち合わせていません。あくまでも「守り」です。費用対効果を天秤にかけているとはいえ、良いものは大事にしようという気持ちがわかり、ファンになりました。

三菱の地主としての思いは「丸の内」に

 事実、三菱は自ら投資して価値を創造し、後生大事に守り続けるのが信条とした財閥です。例えば丸の内・大手町は三菱財閥が明治時代、沼地に無数の杭を打ち込み、地盤を固めて創り上げたオフィス街。その地主を務める三菱地所は、丸の内を守るのが最大の仕事と思えるほど「丸の内」を守ります。これは不動産に限りません。三菱重工業などを思い浮かべれば、頷けるはずです。

 三菱財閥は、幕末・明治の岩崎弥太郎以来、日本の政治経済を支えてきました。世界に躍り出る企業を輩出しながらも、日本から離れない企業グループです。丸の内地区も地主役を務める三菱地所の思いよりはるかに、三菱の誇りを前面に出します。ビルの設計のみらず、丸の内に入居するオフィスなどは「三菱の気品」を理解して欲しいのです。

 三菱一号館の復興がその象徴でしょう。1894年にた赤レンガの洋風建物だった三菱本館の再生です。元の建物は老朽化を理由に1968年に取り壊しとなりましたが、2009年に美術館として再び丸の内に蘇りました。経緯は省きますが、当時の製造方法を参考に生産された赤レンガは230万個を数えるそうです。すごいの一言。執念を感じるはずです。

通りには2000万円のスピーカーも

 この三菱一号館から東京駅に向かう通りも、三菱の思いが込められているのでしょう。丸の内の並木通りには彫刻が連なり、洋服、レストランなど高級店が立ち並びます。正直、敷居が高すぎて気楽に入店できません。

 最近、有名オーディオメーカーの専門店を見つけたのでドアを開けてしまいました。店内を見渡すと、高さ3メートルはありそうなタワー型が奥の壁面に2本立っています。個人で絶対に買えそうもないので、「試聴だけでも」と頼んだらすぐにOK。目の前で歌手が立ち、ドラムとベースを奏でている姿が見えました。東京駅前にある有名ジャズクラブに行かなくても良いんじゃない。

 試しに値段を聞きました。スタッフは一瞬、ためらいましたが「2000万円はします」。まあ、予想通り。こちらが驚かないので、むしろスタッフが焦ったのか、「オーダーメードですし、運送は船舶を使います。注文してから届くまで1年以上はかかります」と急いで説明します。こちらは笑うしかありません。商売抜きでも、丸の内に出るメリットがあるのでしょう。

三菱地所の強さが東京の都市再開発の闘いを生む

 三菱商事はじめ財閥グループは世界を相手に多角化を加速します。しかし、三菱地所は、丸の内に関しては自ら背負っているスリーダイヤモンドのブランドを傷つけることは極力しません。破壊と再生を繰り返す東京の都市再開発のなかで三菱地所は異質です。

 それが三井、住友の財閥グループをあげた再開発競争を招き、神宮外苑はじめ多くの人から再開発とは何かを問うきっかけとなりました。

=次回に続きます。

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