流通業の個性派創業者が懐かしい 創造と破壊の源泉が枯れる日本
稀有なピアニスト、井口基成さんの人生を追いかけた逸品「鍵盤の天皇」(中丸美繪著、中央公論新社)を読んでいたら、あるページで手が止まりました。基成さんの長男の家成さんが回想するシーンです。父親の波乱に満ちた人生を予兆するかのような東京・成城での出来事を思い出します。「のちに相続の時にその家は売却し、買ったのは小銭寿司の創業者。それから何年もしないうちに小銭寿司は倒産。(中略)僕が中学三年の頃から、全てがおかしくなっていくのです」
「鍵盤の天皇」に小銭寿司の創業者のエピソードが
小銭寿司の創業者は、太田博之さん。元俳優です。名子役として人気を博していましたが、小銭寿司を創業、社長に就任します。当時、持ち帰り寿司は大ブーム。最大手の小僧寿司とともに成長。同様に普及し始めた回転寿司の拡大も手伝って、高級な和食として縁遠かったお寿司を身近な食事に変えました。
小銭寿司の経営が怪しくなった時、ちょうど外食担当の記者でした。1980年代は、外食産業が拡大している時期だったのですが、1980年7月に牛丼の吉野家が倒産するなど急成長のツケが回り始めていました。
太田さんに経営の見通しを尋ねた後、いつも思っている疑問をぶつけました。「会社経営で苦労するよりも、俳優を続けていた方が良かったのではないですか。なぜ辞めたのですか」。答えは確信に満ちていました。「子役として人気を集めたが、そのまま人気俳優として独り立ちできる自信がなかった。芸能界の厳しさを考えたら、自分に未来はない。みんな森繁久弥さんのようになれない」。結局、小銭寿司は経営が行き詰まり、太田さんは会社を手放します。
暗黒大陸と呼ばれた流通は、破茶滅茶なアイデアと自信の宝庫
流通産業は、商取引が複雑に絡み合い、かつては暗黒大陸と呼ばれたほどです。日本経済を支えていると自負する鉄鋼、自動車、電力の経営者らはスーパーや外食の経営者を別世界のビジネスと色眼鏡で見ていました。しかし、スーパーのダイエーを創業者中内㓛さんら個性的な経営者が多く、その後の新聞記者人生の財産になりました。
オフィスコーヒーサービスのダイオーズの創業者、大久保真一さんもその1人です。飄々とした空気を身に纏いながら、何があっても動じない靭さを感じました。1977年からオフィスコーヒーサービスを始めていますから、取材でお会いしたのは5年ぐらい経過したころです。会社の事務所でお茶かコーヒーを飲もうと考えたら、女性社員が出すのが当たり前と考えられていた昭和の時代です。事務室にサーバーを置いて自らコーヒーを作り、飲むなんてありえないと多くの人が信じていました。
笑われるのは大歓迎、どんな視線も柳に風
「コーヒーをいれるマシーンを置いてくれる会社はどのくらいありますか」と不躾な質問をしました。「まあ、断られるのがほとんど。でも、米国を見てごらんなさい。オフィスでコーヒーを自分で入れて飲むのが当たり前。日本の会社は米国の後追いをしている。かならず普及しますよ」。
ダイオーズはどんなに遠くから眺めても、ダイーオーズとひと目でわかる配送車を使っています。当時は確かコーヒーカップを車の屋根に載せていました。大久保さんは運転席に座ると、とても社長には見えません。通行人が笑って指差すことも。いつもニコニコしながら、どんな苦労も柳に風、いや大歓迎。「絶対にこのサービスは成功するから、断られるのが苦痛じゃないの」と笑っていました。
その大久保さんは2022年12月19日に代表取締役会長を退任しました。会社の事情はよく知りませんが、こんなに長く創業者が会社経営の最前線に立っていたことにまず驚きました。流通産業はダイエーの中内さん、吉野家の松田瑞穂さんら日本独特のビジネスモデルを創案した個性的な経営者を輩出しましたが、残念ながら途中で挫折した例が多いのも事実。
血反吐を吐きながら、稼ぐ凄みはどこに
突拍子もないアイデア、根拠なき自信を掲げて誰もやったことがない事業を創業する逞しさ。日本経済が1980年代、世界でトップにのし上がる活力を体現していたのは流通産業の経営者たちでした。今はスタートアップという綺麗な言葉に飾られていることもありますが、血反吐を吐きながら1円1円を積み上げて成功した昭和の彼らの凄みを覚えません。
回転寿司、ファーストフード、アパレル、スーパー、コンビニ、家具・・・。現在の流通産業の主役は数え上げれば切りがありません。しかし、どれも昭和の経営者たちが基礎を築き、そのビジネスモデルを磨き上げたものばかりです。スタートアップとして脚光を浴びる注目企業も、人材派遣や情報通信、金融サービスと欧米で成功した事例を模写したモデルが多い。
昭和のモデルを焼き直しているだけ
日本経済が沈滞する理由がわかります。カタカナの呼び名に変わったとはいえ、高度経済成長した昭和を焼き直しているだけかもしれません。日本の企業は今も足踏みしているのです。そういえばダイオーズの配送車の屋根にコーヒーカップが見当たりません。理由を聞いたら、「もうそんな時代じゃない」と言われるかもしれません。今の日本も「もうそんな日本じゃない」と。