ホンダが消える23 優等生のマスクを捨て去り、若者の夢と情念を剥き出しに
ホンダが自らの企業イメージの書き換えに一生懸命です。ホームページを参照すると、「the Power of Dreams」と大きなタイトルが現れた後、車と技術を通して多くの試行錯誤に挑むエピソードがいくつも紹介されています。テレビや新聞などメディアのCMでも新車販売とは関係ない広告アプローチを増やしています。広告宣伝を仕切る電通がホンダのイメチェンに知恵を絞っている姿が垣間見えますが、2021年4月に就任した三部敏弘社長の改革に対する強い思いが反映しているのは間違いないでしょう。
イグニッション事業としてベンチャーが相次ぎ誕生
今、注目しているのはベンチャー事業の切り出しです。2021年6月に新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」として生まれたベンチャー企業「あしらせ」。IGNITIONはホンダを変えたいという社内に充満するエネルギーを爆発させたいという意気込みで命名されたのでしょう。第一弾のあしらせは視覚障がい者の単独歩行を支援するナビゲーションシステムを開発しました。
1年後の2022年6月には「 ストリーモ」が設立されました。独自のバランスアシスト機構を使って歩くぐらいのスピードから自転車程度のスピードまで安定した走行を実現した1人乗りの電動三輪車を開発しました。あしらせ、ストリーモいずれのベンチャーには自動車のみならず二足歩行ロボット「アシモ」など過去の開発成果が反映されているはずです。
目の前の壁を打破するほどの威力は感じない
ホンダは創業以来、二輪車から四輪車、農業機械と高い技術力で事業の幅を広げ、創業者の本田宗一郎が夢見た航空機の事業化にも成功しました。しかし、本来なら大黒柱となる四輪車事業が利益を稼げないなど未来を見通せない現状に苦闘しています。本体とは別個にベンチャー事業を切り出したのも、足踏みを続けるホンダの経営改革の現状を打破する狙いです。いずれの事業も社会のニーズを捉え素晴らしいのですが、この2年間に誕生したベンチャー事業は目の前に立ちはだかる壁をブレイクスルーする威力を感じません。
EV提携先のソニーは身を切る事業改革を断行して過去最高益へ
EVで提携したソニーをみてください。2000年代の苦境から抜け出すため、パソコン、テレビ、半導体など主要事業を切り出し、戦後生まれのスター企業が社員削減に走るブラック企業とまで非難される大胆な事業改革を実行しました。大きな傷みを乗り越えて、今や最高益を謳歌するソニーに戻りました。
ホンダは創業以来の事業を継承し、守成の姿勢に変わりません。二輪車、四輪車などの事業を切り出す可能性はないでしょう。ベンチャー事業の切り出しに着手したとはいえ、創業以来のホンダを守成したまま、いわば大きな失敗はしないという優等生の空気を纏ったまま、経営を刷新できるのでしょうか。だからといってホンダの技術は地に落ちたと批判しても、もう今のホンダの耳には届かない。
「君、技術者は褒めて育てるんだ。厳しい批判を浴びたら、やる気を失ってしまうんだよ」。マツダの新車発表の時です。「ドイツ車にデザインが似ていますね」と当時の山本健一社長に生意気な口をきいたら、私の肩をポンと叩いて笑うのです。1980年代のマツダ車は、走行性能は高く評価されるのですが、欧州では所得が低い層が購入する車として知られ、「プアマンズ・ベンツ」と陰口を囁かれていました。
マツダの山本社長は「技術者は褒めて育てろ」と
山本さんはマツダの社運をかけたロータリーエンジンの開発を主導し、不可能と言われた難問を乗り越えて成功させた人物です。社長時代も経営環境の厳しさは変わらず、自社を揶揄する批判は十分に承知しています。だからこそ、最前線に立つ技術者集団を鼓舞しなくてはいけないと腹をくくっていました。厳しさだけでは未来は築けない。山本さんはこう教えてくれました。
本田宗一郎さんと並ぶ創業者の藤沢武夫さんが昭和30年に発行した「社史」で「若者の夢」と題した項目で次のようなエピソードを披露しています。当時、新入社員には二輪車の耐久試験をかねて、東京ー浜松間を走らせたそうです。ベテラン社員なら難なく乗り回すので、免許取立ての新人なら初めてバイクを購入するお客が運転した場合と同じ状況を再現できると考えたそうです。
あらゆる状況の下で試す必要があるので雨の日、風の日も出発。箱根など厳しい峠を越えて走行データを集めます。新入社員の中には転倒して頭を5針縫ったり、降り仕切る雨に負けずスピードを落とさずに走り切る強者。朝5時に出発してお昼には工場へ到着してそのまま仕事に取り掛かる者。今では労働基準法違反となりそうなエピソードです。藤沢さんはこう結論します。
何が若者にこの情熱を持たせたか、何が本田技研を今日迄発展させたか。真理と理論は最高の尊ぶもの、それ故にこれが探究に全身全霊を打ち込んだ結果以外の何者でもないと存じます。これ等の若者達を社員としたことは如何ばかりの誇か、私は心から尊敬と感謝を捧げています。(中略)吾が社はまだ若い、夢を抱いた若者が着々と夢を実現して行く姿、これこそがホンダの偽らざる姿であります。皆様の御支援を期待して止みません。(創業7年を記念した「社史」から)
世界の電気自動車はイーロン・マスクが自動車産業の常識を全く無視したかのような投資と開発を続け、飛翔しました。藤沢武夫さんの表現を借りれば、「篠つく雨を突き抜けて雨滴に顔を打ちつけ六〇粁のスピードを少しも落とさぬ者」の情熱が成功の道を切り拓いたのです。
常識破りの決断を続けるイーロン・マスクを抜き去って欲しい
ホンダにこの情念は消え去っているのでしょうか。残り火はあるはず。いえ、いえ、若手社員の情念をいっそう焚きつけるイグニッションが次々と火を噴くはずです。ホンダとソニーはともに奈落の底を覗き見ました。ただ、ホンダはまだ戦後生まれのスター企業としての優等生気分が抜けていないかもしれません。そんな優等生の顔に似せたマスクをすぐに捨て去り、狂気と見紛うイーロン・マスクを抜き去って欲しいです。