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今度こそ巡航速度へ 日航・ヤマトの航空宅急便 構想から34年目の離陸

 日本航空とヤマト運輸が2024年4月から貨物専用機を使った輸送サービスを始めます。今回の計画は2022年1月に公表していますが、実は日航とヤマトの貨物航空サービスは1990年ごろに構想が浮上し、事業として離陸しました。残念ながら、その後頓挫。日航は佐川急便とも組んで航空貨物に挑みましたが、再び頓挫。3度目の正直ともいえる現在の計画は、ドライバーの働き方改革が始まる2024年をにらんで是が非でも成功させる構えです。1990年から34年目の2024年、日航とヤマトはようやく事業モデルとして上昇気流を掴むことができるのでしょうか。

2024年に第1便

 計画によると、運航路線は、羽田空港、成田空港を基点に札幌、北九州、沖縄・那覇などを結ぶネットワークを形成し、1日21便運航します。使用機材は3機で、運航会社は2022年1月に公表したジェットスター・ジャパンから日航子会社の格安航空会社(LCC)であるスプリング・ジャパンへ変更されました。機材1機あたりの最大搭載重量は28トンと見込んでおり、1フライトで10トントラック5台分程度を運搬できるそうです。

 日航とヤマト運輸が手を組み、航空貨物サービスを事業化する。この構想は1989年ごろから水面下で蠢いていました。現在の日航はこの10年以上、経営に余力がないため、航空貨物事業を切り捨て旅客事業に注力していますが、1990年当時の日航は貨物事業の可能性を見通して旅客に負けない成長力があると判断、そのパートナーとして宅急便で快走するヤマトに照準を合わせていました。

1991年に日航とヤマトなどがユニバーサル航空

 1990年当時の日本はバブル経済に突入し、ヒトも荷動きもとても活発化。宅急便はすでに誰もが利用する輸送サービスとして定着し、ヤマトの業績は順調に伸びていました。

 宅配便を創業したヤマト運輸の小倉昌男さんは古い掟に縛られた運輸業業界や運輸省を批判し、新しいサービスを広げてきた優秀な経営者です。海外では宅配会社が自ら航空部門を持ち、事業展開するのは当たり前で、ドイツのDHL、米国のUPSやフェデックスなどは陸海空を縦横無尽にネットワーク化して世界の貨物会社として成長していました。小倉さんの経営哲学を継承するヤマトの経営陣が、日本で宅急便専門の航空会社設立について躊躇するわけがありませんでした。

 1991年1月、日本ユニバーサル航空が誕生しました。日航が設立した子会社にはヤマトや日通などが出資し、第1便が羽田ー千歳で離陸しました。しかし、直後にバブル経済が崩壊したほか、羽田空港の離発着枠を思うように確保できず、荷動きと運航がマッチできず結局1年ほどで事業は頓挫しました。ちなみに日航とヤマトの航空事業提携の特ダネは私がキャップを務めた運輸省記者チームが新聞1面で報じました。頓挫したのは残念です(苦笑)。

佐川とは2005年にギャラクシー

 日航は佐川急便とも提携して再度挑戦しています。ヤマトを追い上げる佐川は自らの航空貨物網の構築を決断し、2005年5月にギャラクシーエアラインズを設立します。8月には日航も出資し、合弁会社に移行し、2006年7月ごろから運航する計画でしたが、準備が整わず11月に第1便が離陸。それでも運航機材を2機に増やし、事業拡大に意欲満々でした。

 ところが事業は計画通りに進まず、経営不安に揺れる日航は完全に腰が引けてしまいます。ギャラクシーに出向していた日航の貨物事業の専門家は「貨物事業の将来性を繰り返し説明して継続を訴えたが、結論は決まっていた」と嘆いていました。2008年8月には事業はストップ、翌年に清算されました。

 今回の日航・ヤマトはいわゆる2024年問題が引き金です。2024年4月からトラックドライバーの業務時間に上限規制が課せられます。年間残業時間は960時間を超えてはならないとされ、そうなれば長距離路線を中心にドライバーの交代要員を一気に増やす必要があります。少子高齢化社会に突入した日本全体が人手不足に直面しているなかでドライバーの急増は事実上、無理。

日航もヤマトも不退転の覚悟

 ヤマトにとって、長距離路線のトラック便を肩代わりする航空貨物路線網を整備するしか道はありませんでした。日航も経営再建を優先して旅客事業に注力したものの、貨物専用機を運航して収益力を強化した全日本空輸を追い上げるためには貨物事業の強化が再び経営課題となっていました。

 運輸産業は1990年代と比べて様変わりしています。当時、航空会社が頂点に立ち、テレビや映画など派手な話題として取り上げられましたが、トラック輸送に代表される大半の会社は労働集約型そのもの。宅配便は成長していたとはいえ、まだ新興勢力でした。とりわけトラック業界の労働実態は不明朗。「朝点呼したドライバーが帰社する夕方に再度点呼したら、何人かが不明になっていた」と佐川の幹部が苦笑していたほどです。

宅配便は日常生活に不可欠なサービス

 しかし、いまや主客逆転。宅配便は日常生活に欠かせない重要な貨物サービスになっています。路線免許を無視して事業展開した佐川急便がヤマト運輸と肩を並べます。日通も国際貨物会社として積極的な経営戦略を展開しています。航空会社は貨物需要を取り込まなければ、今後の成長は見込ません。日航とヤマトが宅配便の航空貨物会社を経営する。輸送業界の現状、貨物会社の世界戦略を考えたら不思議でも驚くこともでもありません。むしろ世界の潮流に遅れているといえるでしょう。

ようやく世界基準に手が届く

 日本の貨物輸送サービスはようやく世界基準に手が届くようになったいえるかもしれません。しかし、構想から30年以上も経過しなければ実現できなかったことなのでしょうか。

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