キーエンス、猛烈さはサムスン、フットワークはウーバー 新たなモデル創造を
キーエンスが2021年4月から12月までの第3四半期連結決算を発表しました。すごい数字が並びます。売上高が前年同期比44%増の5453億円、営業利益が3024億円(同61%増)最終利益は2184億円(65%増)と過去最高を更新しました。営業利益率は55%を超えます。日本の企業で高収益で知られるファナックが25%程度ですから、倍以上の利益率を達成しています。同じセンサー事業のライバルであるオムロンの10%台をはるか向こうへ吹き飛ばしてしまっています。
1980年代、自動車や機械の工場をたびたび取材していましたが、生産現場でキーエンス、というか当時リード電機の名前をよく耳にしました。センサーを主体に工場の生産ラインを制御する神経ネットワークを手掛けるユニークなメーカーとして理解していましたが、生産の自動化の加速に合わせて業績がどんどん上昇。また常識にとらわれない経営にちょっと呆気にとられる一方で、ブレない経営哲学といいますか、決めたことを徹底する経営哲学には頭が下がります。経営のツボとして言われれば当たり前ことばかりですが、だれもができるわけではないことを全員で実践するのがすごい。これが高収益を生み出す源泉であり、革新を止めない勢いを維持する同社最大の強みなのでしょう。個人的には半導体素材のシリコンウエハーを精密加工するディスコと似ている経営の空気を持っていると思っています。
キーエンスの経営に驚いたのが1990年代後半です。編集デスクとしてまとめた「環境経営度調査」でランキング最下位を記録した時です。上場企業全社に調査票を送り、確か700社程度が返答しれたはずですが、そのランキング最下位が当時でも高収益企業として知られていたキーエンスでした。ほんと、びっくりしました。
環境経営度調査はスタートしたばかりでした。地球温暖化に関する関心の高まりを受けて日本の企業も廃棄物の節減やリサイクル、二酸化炭素など温暖化ガスの排出抑制などが経営目標の一つに数えられ、経営計画や工場の生産ラインなども変革しかければいけないとの空気が広まり始めた時期です。キヤノンやリコーなど複写機メーカー、ビールなど食品メーカーなどが自社製品のリサイクルや廃棄物節減に本腰を入れ始めており、地球環境への取り組みが企業評価の大きな指標になっていました。1970年代の公害問題とは違ったステージに入り、企業の社会的責任などがより問われています。調査の関心はとても高く、社長から直々に環境担当責任者に上位ランキングに入るよう強い指示が出た企業もあり、多くの環境担当者から問い合わせなどが寄せられ、30社ほどの環境担当者とグループで侃侃諤々の議論をしたこともあります。そんな空気の中でキーエンスは最下位です。自分たちが信じる経営哲学を実践し、事業内容、業績も含めて地球環境問題に対する姿勢であると割り切っているように理解しました。
それから20年以上も過ぎて、キーエンスはますます自らの経営哲学に磨きをかけています。キーエンスの凄さはやはり営業現場のフットワークと実現力にあります。顧客である工場などの現場を足繁く通い、日常の問題点を聞き出してすぐに解決案を提示します。顧客の問題点を理解する力をキーエンスの担当者が備えていることもすばらしいですが、解決案を短期間で製品化する体制を整えているのが驚きです。キーエンスは自社工場を持たないファブレスです。顧客が直面する悩みを解決する製品を考案しても、委託生産する工場を持ち合わせていなければいけません。営業担当者がきっと多くのカードを持っており、目の前にどんな場面が現れても勝てる切り札を揃える自信を持っているのでしょう。
その働きを見ていると、同じ1990年代に急成長していた韓国のサムソン電子の経営と重なります。1990年代初め、世界一の地位についた日本の半導体メーカーから技術と経営を学び、急追していました。当時からサムスンの決断力の早さは知られており、日本の企業が「本社に確認します」と言ったそばから、サムスンはすでに即断していると言われました。半導体投資の決断力もさることながら、「サムスン社内の激しい競争が人を育てるのだ」と説明し、日本企業はサムスンに負けると断言する人も少なくありませんでした。結果はご存知の通り。日本の負けです。半導体のみならず、液晶、携帯電話など日本が先駆けて開発し市場を切り開いた製品は次々と競い負けします。キーエンスの強さの根源はサムスン並みのスピードにあります。
そのスピードはウーバー並みのフットワークです。客の注文を聞き、届ける。この簡単な流れを繰り返すだけです。でもこの繰り返しの内容がどんどん濃くなります。お客さんの注文はだんだん複雑になり、高度化していきます。もっと悩ましいのはお客さんが「何を食べたいのか」がよくわからない場合が増えているのです。生産ラインなど目の前に難問があるのはわかるのだが、問題を解くカギは何なのか、どう答えまで導くのかがわからない場合もあります。「お腹が空いているから、何でも良いから出前して」とはいきません。サムスンのスピードとウーバーのフットワークを持ち合わせながら、人工知能を搭載した経営コンサルタントと呼んだ方が良いかもしれません。
当然、報酬は他の日本企業と比較になりません。サムスンは韓国トップクラスの給与を支払っているといわれていますが、キーエンスも同じです。平均的な年収は、日本の平均年収の約4倍に当たる1750万円程度だそうです。上場企業の中でもトップクラス。当然ながら企業の時価総額はトヨタ自動車、ソニーグループに次ぐ第3位にあります。
しかし、人事評価や働きがいはどうでしょうか。サムスンは激烈な社内競争のあおりで脱落者も多いといわれます。キーエンスの人事評価はホームページをみると、予想通り営業担当者は技術開発の能力と経験を求められ、誰でもキーエンス社員になれる水準でないのは明らかです。成果に対する評価は個人の裁量が大きく、個人の努力とアイデアでどんどん格差が開くようです。基本は一定期間で成果を評価して設定した目標に対する達成度を測り、ボーナスや給与が決まるようですが、成果主義は徹底しています。厳しいといえば厳しいですが、日本でもトップクラスの年収を得る可能性があるわけですから、社員のみなさんも覚悟はできているでしょう。まして同社の役員は一億円以上の年収だそうですから、社内で共有する意識で齟齬は少ないでしょう。ついていけないと考えた社員は退社し、おもしろいと思った社員は社に残る。まさにサムスンであり、GAFAに代表される企業の社員意識と同じでしょう。
キーエンスの経営の未来はどう見通せば良いのでしょうか。半導体や家電製品などでファブレスが広まり、委託する企業よりも受託する企業の方が大きくなっています。キーエンスは日本の半導体メーカーのように弱体化の道を歩むのでしょうか。キーエンスにとって幸運なことは、扱う製品が無数にあることです。一つのセンサーを大量生産するのではなく、顧客ごとに異なり設計するカスタムメイドが基本です。ここが強みです。キーエンスのホームページをみると、新商品の約7割が「世界初」「業界初」だそうです。だからこそ、日本の半導体や家電が凋落した同じ道は歩まないとの覚悟もわかります。
しかし、生産性の効率化を追求する経営戦略が今後も通用するのか疑問です。カーボンニュートラルのキーワードは思ったよりも重いですし、従来の資本主義が壁にぶち当たっている時代です。これまでの経営に変革をもたらすと考えています。効率性を追求して最大の利潤を得る経営がこれからも継続できるのでしょうか。無駄と考えていたことが実は求められるテーマにすり替わる。これが今からの経営課題です。自動車産業を見てください。この100年間、ガソリンに勝るエネルギー効率はありえないと考え、電気自動車はゴルフのカートなどしか使えないと割り切っていたのが、内燃機関エンジンはそう遠からず消え、電気自動車や水素を使った燃料電池に代替わりする時が見えてきました。
キーエンスの経営が21世紀初頭のエクセレントカンパニーのモデルでした、と終わらないことを祈っていますし、それを乗り越えるビジネスモデルを現場が創出する力があると信じています。