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投資家・清原達郎さんが選ぶメディアとは 異臭を警告するカナリアの役割

 伝説の投資家、清原達郎さんの著書「わが投資術」(講談社)を読みました。出版は2024年3月ですから、もう一年以上も前。「情報収集に金を使う必要はない」という清原さんの持論に倣ったわけではありませんが、無料で読める図書館で貸し出し予約したら、すでに多くの予約者が待っており、手元に届くのに1年もかかりました。仕方がないです。他の追随を許さないヘッジファンドの実績を残したわけですから、個人で投資している人には憧れの人物。納得するしかありません。

 清原さんは野村証券やゴールドマン・サックスなどを経た後、ヘッジファンドの運用責任者として文字通り「生き馬の目を抜く」金融の世界で辣腕を振るってきました。2005年には所得税37億円を支払う長者番付トップに名を連ね、「100億円を稼いだサラリーマン」として広く知られました。資産は800億円もあるそうですが、普通のサラリーマンだった自分には800億円の財産をイメージできません。

100億円を稼いだサラリーマン投資家

 出版の動機は「私には後継者がいない。ならばすべてのノウハウをすべて世の中に『ぶちまけてしまえ』という気持ちになった」と説明します。自らの投資を具体的に振り返り、株式投資の裏舞台をおもしろおかしく描く内容は、株式などの投資を少しでもかじった経験があれば最後まで楽しく読み通せます。

 例えば、かつて悪しき慣行にまみれた野村証券についてこう表現します。「社内の自販機で一番売れているのは何か知っている」「イン・サイダー」。総会屋など反社会勢力との付き合い、インサイダー、飛ばしなど本来なら絶対に禁止されている行為が横行していました。常に巨額のリターンを期待されたヘッジファンドとして生き抜いた清原さんの逞しさと知力には舌を巻くしかありません。

 もっとも、自分自身に投資体験はありません。1980年から40年間、経済に強いと言われる新聞社の編集局で記者やデスク、部長、局次長などを経験していましたから、投資は御法度。自分の記事が株価などを左右するわけですから、当たり前。投資の損得を巡るハラハラドキは所詮、他人事。野球に例えれば、選手の能力やルールに詳しいけれど、観客としてワイワイ騒いでいるだけ。

 そんなわけで「わが投資術」で最も興味があったのは、清原さんのメディア活用術。僭越ながら「わが意を得たり」と頷くことが多かったです。「わが投資術」から引用して私見を書き綴りたいと思います。

 情報収集に金を使う必要はなし 

 やっぱり、こう来たか。そんな感想です。清原さんは「個人投資家は節約して株を買う元手を貯めることがなによりも大事」と考えているそうです。実際、米ブルンバーグや日経子会社のクイック情報端末など全部解約しても、パフォーマンスに悪影響はなかったと述べています。プロの機関投資家に比べ情報量が少ない個人投資家は目の前に数多あるニュースなどに戸惑い、判断が遅れる方がリスクと考えたのでしょう。自身の投資スタンスと大局観を大事にすべきと警鐘を鳴らしたと受け止めています。

 「何か一つ役にたつ有料の情報源を選べ」と言われたら、私は迷わず東洋経済の会社四季報だと答えます。

 私も納得します。勤めていた新聞社でも株式投資の参考になる同じスタイルの会社情報誌を発行していましたが、取材先などから聞こえる評価は歴然でした。「四季報」の名前しか出てきません。新聞社は毎日、発行する新聞の記事を最優先にエネルギーを注ぎますが、東洋経済新報社の記者にとって最も重要なメディアは「四季報」です。残念ですが、かなうわけがありませんでした。

 ただ、金融のプロとしてはいくつかの情報源は必要と語ります。

日本では日経CNBCの「朝エキスプレス」の「海外市場振り返り」などは日本語番組の中では優れていると思います。

 正直、うれしかったですね。清原さんが高く評価したのがCNBC。米国NBC系の経済ニュースが主力のテレビ局です。日本の株式市場は世界の経済情勢や投資に敏感に反応します。「『金融のプロ』を標榜するなら英語の情報源にアクセスしないと」と説きますが、英語が苦手なプロ向けには日経CNBCを勧めていました。

 実は、私は日経CNBCの社長を務めていました。日本の株式市場は日本時間の未明に終了する米国市場の動向を念頭に今日が始まります。「朝エキスプレス」は市場全体、個別銘柄ときめ細かく、キャスターとアナリストらが軽快にやり取りしながら、本日の市場を予想します。「コメンテーターの方の質が高く、解説もとてもわかりやすくて便利です」とお褒めの言葉をいただきました。

 清原さんは「あえてこの場を借りて注文させてもらうならCNBCに倣って『番組はショーだ」と割り切り、『売り推奨』するアナリストと「買い推奨」するアナリストが議論するような場面が欲しいですね」と加えています。

日本で経済は弄べない

 確かに米国CNBCは世界的な投資家のバフェット氏やマイクロソフトなど注目企業のCEOがたびたび登場する一方、株式などの投資をエンターテイメントのように演出する番組も人気を集めています。例えば、CNBCの人気MCであり、自らも投資するジム・クラマー氏は、ものすごいスピードで話す口調に圧倒されますが、「へえ〜」と思わず驚く発想を推奨します。彼が演じる番組「マッドマネー」は、演出過多と思えるほど派手な振る舞いを見せながら、投資の妙味を教えてくれます。

 「マッドマネー」というタイトルは無理としても、日本でも経済ニュースをエンターテイメントできないか考えたことはあります。しかし、無理でした。番組の視聴者がどう投資判断するかはそれぞれの自己責任。こうした前提があるとはいえ、「お金や経済ニュースを弄ぶ」との批判を浴びたら、テレビ局自体の信用が揺らいでしまいます。

紙媒体についてはどうでしょうか? 紙媒体というのは情報媒体としていずれ姿を消すでしょう。私は古い世代の人間なので、新聞は『日経新聞』。雑誌は『日経ビジネス』と『週刊ダイヤモンド』を定期購読しています。(中略)企業・経済についての暴露系情報誌として私がとても重宝しているのが「FACTA」と「選択」です。

 雑誌の評価がおもしろい。日経ビジネスは「企業寄りのほとんどPRのような『よいしょ特集』が満載で、企業に批判的な記事はあまり載りません」と批判しながら、「だからこそ特集で取り上げられた会社については相当深いところまで入り込んだ秀逸な内容」とちょっとだけ持ち上げてくれます。かつては清原さんが言う批判的な記事や特集を掲載していたのですが、出版不況の逆風がきつく、筆先が鈍った時もあるかもしれません。

 週刊ダイヤモンドは、足で取材した「あっぱれ!」という素晴らしい特集が多いと高く評価します。会社寄りのよいしょ記事などはなく、ジャーナリズムの気骨が感じられる雑誌と絶賛します。清原さんらプロの投資家が日経新聞、日経ビジネスをどう評価しているのかがよくわかる文章です。寂しい思いだけが残ります。

私は引退したので新聞、雑誌はこれから解約していこうと思っていますが、『四季報オンライン』と『FACTA』だけは死ぬまで解約しないでしょう。

 重宝している暴露系雑誌として「FACTA」と「選択」が登場しました。ヘッジファンドの運用責任者として本音が出た感じです。この2雑誌はよく知っており、昔は記事を執筆したこともあります。暴露系という表現が相応しいかどうか疑問ですが、政治経済、企業経営の裏舞台、あるいは背後で蠢く思惑、人物が描かれ、プロの投資家なら苦笑しながら読む記事が多いかもしれません。

プロが好きな飲料はイン・サイダー?

 清原さんが重宝と表現するのも当然です。清原さんは証券会社などを通じて幅広い人脈、情報ネットワークを構築しています。毎日、真偽はともかく膨大な情報が耳に入っていたはずです。機関投資家として株式など金融市場、あるいは企業戦略の今後を読み込むシナリオを自分なりに仕上げ、ちょっとした事実、ニュースで企業経営、あるいは株式市場の潮目の変化を感じたら、修正しなければいけません。

 情報の洪水に溺れずに「これが真実」と触れ込む暴露系の情報は、潮目の変化を察知するセンサーになるでしょう。あるいは、鉱山などで発生するガスを察知する「カナリヤ」の役割を期待しているのでしょう。

 株式など投資の勝利の方程式は結局、多くの投資家が知らない数少ない情報を早めに手に入れることなのか? やっぱりプロの投資家が好きな飲料水は「イン・サイダー」かとうんざりしてしまいそうです。

 そういえば、日本長期信用銀行を潰したEIEの高橋治則さんからインサイダーの極意を教えてもらったことがあります。金融事件の裏はホント、面白いけど、何がホントかがわからないのも本当です・・・。

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