「社外取締役は役に立ったのか」紅麹の小林製薬が曝け出した経営改革の虚実
小林製薬が経営陣を刷新します。山根聡社長は退任し、豊田賀一執行役員が社長に昇格。会長には京セラ出身で日本航空の再建に取り組んだ大田嘉仁氏が就任します。紅麹を素材にした製品による健康被害が広がるなかで、その責務を問われた社外取締役の顔ぶれも大きく変わります。小林製薬は社外取締役による経営改革の先駆けとして知られ、企業統治の優等生といわれました。ところが、頼みの綱の社外取締役は機能不全のまま。「社外取締役は役に立つのか」「お飾りか」。虚飾に塗れた経営改革に対する素朴な疑問だけが目の前に。
社外取締役は機能不全のまま
まず驚いたのは、新社長に就任する豊田氏が記者会見しません。フジテレビの港浩一社長が中居正広氏のスキャンダルを巡る記者会見で失態を演じ、フジの評価は急落しましたが、紅麹による健康被害は「9000万円」よりもはるかに大きな事件です。株式上場している企業を率いる新社長としてこれから経営をどう改革するのか説明しなければ、社員はもちろん、株主、製品を購入する消費者は戸惑うだけ。
経営陣が刷新したとはいえ、創業家の存在感は変わりません。最大の実力者である小林一雅氏は会長を退いたものの、特別顧問として残ります。山根社長は「特別顧問に就任して以降、その是非について社内で継続的に議論がある」と認めながらも、「実際にマーケティングなどについて日々有益なアドバイスをもらえている」と説明しています。経営に直接関わる権限がないとしても、それは形式的なもの。息子の小林章浩氏は補償担当の取締役として留任。創業家の小林一雅、章浩両氏が今後の経営に影響を与え続けるのは間違いません。
社長交代の理由も疑問です。山根社長は退任する理由として「自分の使命の補償や再発防止などの方向性がある程度見えた」と説明しました。社長就任は2024年8月。まだ半年が過ぎただけ。とても区切りがついたとは思えません。
社長交代が理解できない
後を託された豊田氏もたいへんでしょう。豊田新社長は、欧州や米国法人社長を務めるなど海外事業の経歴が長く、現在も執行役員として国際事業を統括しています。日本国内で事件となった紅麹素材による健康被害問題に深く関与していないと思われるため、社長の白羽の矢が立ったのでしょう。裏返せば、これまで縁が薄かった本社内全体を指導する力がどこまで期待できるのか。とりわけ紅麹素材の健康被害問題は多額の補償や訴訟などが待ち構えています。前途多難を前に社長業の準備が間に合うのでしょうか。
最後の疑問は「なぜ社外取締役は機能しなかったのか」。なにしろ社外取締役の伊藤氏は、日本の企業統治論の権威です。2014年、経済産業省に依頼されて欧米から批判を浴びていた企業統治の問題点をまとめた「伊藤リポート」を作成し、これを叩き台に2015年6月、コーポレート・ガバナンス・コードが制定されました。その第一人者が小林製薬をしっかりと監視していたにもかかわらず、創業家の暴走を誰も止めることができなかったのですから。
ブルーレット「おくだけ」の存在?
ただ、創業家の立場から改めて考えると、社外取締役は役に立っていたのかもしれません。社外取締役の第一人者が就任していれば、株主から批判を浴びても企業統治は整備していると回答できます。経営体制は万全だから、創業家が多少の無茶をしても咎められることはないだろうと勘違いしたのでしょう。批判封じ、言い換えれば魔除けや疫病除けの縁起物と捉えれば「役に立っている」といえます。むしろ、社外取締役が「お飾り」であることが求められていたのです。小林製薬のヒット製品に例えれば、ブルーレット。「おくだけ」が最も求めていた効能でした。
ぜひ社外取締役のみなさんは、小林製薬での出来事を公式の場で語って欲しいです。日本の企業統治論をより良いものにするために経営学の教材が必要です。