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キリンとKIRINと麒麟②キリンとアサヒ 殿様はもう野武士と闘わない

首位争いは消耗戦に

 暴力団の抗争が映画になった広島でアサヒ営業担当者の気迫に驚いたことがあります。キリンが1997年に工場撤退を決めたことを材料に「キリンは広島を捨てたのですよ」とキリンの牙城を切り崩します。アサヒは広島に工場を持っていません。にもかかわらず、お店を回って口説きます。まさに「仁義なき戦い」。

 ビールのシェア争いは軽自動車のスズキとダイハツ工業が演じるトップ争奪戦と並ぶ注目の的でした。キリンは「一番搾り」を投入するなど販売前線に火花が飛び交います。シェアを換算する基礎数字となるビール出荷額を増やすため、売れなくてもとにかく出荷するといった乱暴な事案も散見され、「食べ物を粗末にする」と批判されました。新聞社も「押し紙」と称して販売店に在庫で山積みさせていたのですから、ビール業界を批判できる立場じゃなかったのですが・・・。

 消耗を招くビールの首位を争いを止めるためには、出荷額を公表しなければ良いのではないかとの意見が広まります。ちょうどその頃、現在のキリンホールディング社長の磯崎功典さんとお会いしました。広報担当の部長職だったはずです。私は食品担当デスク。「私も寝ていないのだ」の社長発言で知られる雪印乳業の中毒事件の真っ最中。ビールのシェア争いも消費者の厳しい視線に晒され、右肩上がりで成長した食品業界が大きな曲がり角を迎えた時期でした。

ビール離れが進み、首位攻防戦の意味に?

 磯崎さんはビールの出荷額の公表をどう扱うかに悩んでいました。市場シェアの争いは企業にとって最大の営業戦略の一つです。経営判断に口出する気は毛頭ありません。「新聞社としてはビール出荷額の公表を求め続けます。ただ、シェア争いが消費者にとって何のメリットがなければ批判を招くだけ。公表を継続する、あるいは非公表とするメリット、デメリットを考えたらどうですか」。わざとあいまいに答えた記憶があります。失礼ですが、下位グループのサッポロビール、サントリーの動向は論外。首位を維持するために営業経費を湯水のように使うことが消費者のためになるとは思えませんでした。

 ここ数年の動向を見ても、キリンが返り咲いたり、アサヒが奪還したり。首位争いは依然、注目されています。しかし、磯崎さんが社長に就任した2012年以降を眺めると、ビールの首位争いに拘っている印象を受けません。激しい首位争いがビールの需要を喚起する相乗効果を生むなら企業経営にとってプラスですが、若者のビール離れは深刻です。

 かつては居酒屋に入ったら「とりあえずビール」が常套句でしたが、いまは「レモンサワー」の連呼。若者にビールを振り向かせるために「クラフトビール」に力を入れていますが、「市場の主になる製品じゃないよ」。磯崎さんは自ら盛んPRしながらも、冷めています。

主戦場は食品メーカーの未来をどう描くか

 あくまでビールメーカーとして、次の未来図をどう描くか。磯崎さんの視線は揺らぎません。主戦場は居酒屋ではなく、食品メーカーとして生き残る道を探り、創造する経営力へ移っているのです。ビールメーカーとして蓄積した財産をどう未来に振り向けていくのか。

 キリンはシェアの過半を握っていた”殿様時代”から蓄えた資産として協和発酵など医薬・バイオへの事業多様化を進めています。ただ、溢れる資産を持て余し、活かし切れていないだけ。殿様らしいといえば、殿様らしい。一方、アサヒはニッカ、カルピスなど優秀な食品技術を持つメーカーを傘下に収めていますが、経営の発想はビール営業から抜け出せないまま。

ビールの3文字が薄くなり始めている

 どう未来の種を蒔くのか。キリンかアサヒかと首位争いに消耗する時期は当に終わっています。キリンの磯崎社長の胸中にはビールの3文字がどんどん薄く映り始めている気がします。殿様がもう野武士と闘うことはない。目の前に立ちはだかる闘う相手はアサヒではない、と。

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