三菱電機が教える「それはおかしい」と言えない日本のおかしな組織
「一匹のゴキブリを見たら、30匹いる」。自分が見た不正操作が他の部門でも行われていると推測するのは当然です。まして社長になる人材です。経営手腕が優れていなくても、社長になる人材は全社の情報をそれなりに収集できる能力を持っているはずです。社全体の空気を読み、余計な騒乱を起こさないバランスが取れた人材が社長になっているのです。
だから自分の後任と指名する前任の社長は自分を裏切らない人物として後任社長として選ぶでのすから。分権統治を実践する社長にふさわしい人材だからこそ「社内の良からぬ情報は知っている」のです。ただ、その社長、「見ざる、言わざる、聞かざる」を実践する可能性は高いかもしれませんが。
「まだ技術的に完成されていないのに、もう新車発表の時期が迫っているので完成したことにしろ、と言われたのです」。同じ三菱グループの三菱自動車工業のエンジン開発者の言葉です。三菱自動車は1986年、燃費と高出力双方を向上させた「サイクロンエンジン」を発表しました。日本の自動車業界でトヨタ自動車、日産自動車の上位2社を追撃するために投入した画期的なエンジン技術でした。しかし、技術者たちの胸の内は複雑でした。「上司にまだ道半ばと説明しても、発表することは決まったことだから無理と門前払い。前の社長だったらこんなことにはならなかった」と経営陣との遠い距離を嘆き、無念そうに語っていました。
三菱自動車もやはりデータの不正操作で苦境に追い込まれます。サイクロンエンジンから10年後、GDIエンジンを投入します。「燃料消費-35%、パワー+10%、CO2排出-35%」を謳う高出力と低燃費を両立した環境にやさしいエンジンです。GDIエンジンを搭載した新車は、日本を始め世界各国でカー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、高く評価されました。
しかし、です。実際の燃費はカタログ通りの数値を達成しておらず、エンジン内のカーボン付着が多く、黒煙やエンジンオイルの早期交換、窒素酸化物の抑制などに対応できず、「環境にやさしい」という看板の撤去に追い込まれました。2007年にはGDIの製造は終了しました。サイクロンエンジンの開発現場の苦悩を打ち明けた技術者の不安は的中します。中途半端な技術のまま販売優先の経営戦略と貫いた結果、その後のリコール問題も加わり三菱自動車のブランドは失墜を繰り返します。
三菱電機に戻ります。三菱電機では14~19年、過労が原因の自殺などで社員6人が労災認定を受けています。19年には新入社員が自殺し、のちに労災と認められています。杉山社長は「上司と部下、同僚などで情報共有がうまくできていなかったのが大きな要因で、品質問題と根っこの部分では同じだ」と述べていますが、根っこが何かをわかっていながら手をこねいていただけでした。
不祥事は突然、起こりません。かならず危機の兆しが現れ、警告を鳴らします。会社の多くの人間はかならず気付いているはずです。それを胸の内に止めるのか、上司に告げるのか。その上司は自らの上司に相談するのか。「それはおかしい」と気軽に話し合える会社かどうか。あるいは辞職覚悟で上申しなければいけないのか。日本の会社の寿命を見極める物差しにあるような気がしてきました。すでに根っこが腐っていないことを願っています。