
通販化するM&A ニデックの牧野TOB会見「非常に良かった」と買収された企業がお勧め
日本でも企業買収(M&A)が通販のように売買される時代が訪れるのでしょうか。最近、中小企業の事業継承を巡る経営コンサルタントと称する事業で不祥事が発生しています。背景には日本経済を支えてきた中小企業の多くが事業の将来性や後継者問題に直面しており、他の企業へ譲渡するM&Aの仲介ビジネスが広がっているからです。
中小企業の後継者不足でM&Aは盛ん
M&Aは簡単ではありません。人と人の出会いを考えてもわかると思いますが、相手をどう評価し、信頼するのかを見定めるのはとても難しい。まして企業価値をどう評価するのか、継承などに必要な法律的な手続きなどを考えるとM&Aが成功するハードルはどうしても高くなってしまいます。冷静に、しかも手堅く進めるのが鉄則です。
ところが、通信販売のテレビ番組とダブって見えるM&Aが登場しました。ニデックが牧野フライス製作所に開始したTOB(株式公開買い付け)。その記者会見の様子は、通販番組そっくり。「買収相手に対し、あなたは幸運な買い物を体験できるのですよ」と秋波を送ります。
偶然なのか、意図したのか。日本国内を見渡しても、過去74件のM&Aを手がけたニデックの創業者、永守重信会長と肩を並べる経営者はいません。もう敵対的な企業買収提案はそんなに構えるものではない。そんな思いを込めて、あえて通販番組を狙ったのかもしれません。
「先駆的な手法を一般化する使命感を持っている。必ず最後まで成し遂げる」。ニデックの荒木隆光専務は記者会見で買収成功に強い意欲を示しました。ニデックは国内外で多くの企業を買収して経営規模と事業の幅を広げてきました。
創業者の永守重信会長の慧眼は高く評価されており、今でも経営の全権を握っている人物です。当然、今回の牧野フライスの買収でも記者会見に登場すると思っていました。なにしろ、牧野フライスはこれまでの企業買収の中でも頭抜けた優良物件です。
牧野フライスは2500億円以上の大型物件
買収総額も2500億円以上と見積もっています。2023年7月にTOBを仕掛け、買収した工作機械メーカーのTAKISAWAの場合は166億円でした。単純比較しても15倍の案件です。しかも、TAKISAWAの場合はTOBに賛意を示しており、敵対的な買収にはなりませんでしたが、牧野フライスは同意していません。事前に交渉せずに突然提案した日本では異例のTOBです。
記者会見はピリピリとした緊張感あふれる空気でいっぱいになるのかと予想したら、勘違いでした。荒木専務はTOBについて「公開ラブレター」と表現し、「ひそかにげた箱に入れるより、黒板に『あなたが好き』と書いた方が透明性があっていい。失敗してもあきらめがつく」と説明します。中学生や高校生の頃のホンワカした空気が蘇りました。あえて的外れな表現を使って牧野フライスへの思いを伝えるとともに、自信を見せつけました。
それだけではありません。会見には2023年に企業買収されたTAKISAWAの原田一八社長が同席して「ニデックの傘下に入って業績は急回復し、非常によかったと考えている」と語りました。びっくりというか唖然というか。過去に買収された企業の社長が買われて良かったと強調するシーンがあるとは予想もしませんでしたし、買収相手を小馬鹿にしているようでした。
TAKISAWA社長がお勧め役に
とても失礼と承知していますが、牧野フライスとTAKISAWAは比較になりません。牧野フライスは工作機械業界では業界団体のトップも務めた名門で知られています。売上高も10倍以上も上回ります。TAKISAWAで成功したとしても、牧野フライスでも大丈夫という論理の流れにはなりません。
牧野フライスの宮崎正太郎社長は4月1日の入社式で「現在当社は大きな節目を迎えている」「どのような時代を迎えようとも、私たちが大切にしたい価値観は変わらない」「社員一人一人がここで働けて良かったと思える会社でありたい」「マキノで働くことに誇りを感じていると胸を張って言っていただけるような日々を、共に築いていければこれ以上の喜びはない」と強調しました。その語り口調からニデックの買収提案を受け入れる言質は見当たりません。
それにしても、TAKISAWAの原田社長は記者会見に同席することによく合意しました。ニデックの永守会長が指示したら、子会社の社長は従うしかないのでしょう。そんな恐怖政治を敷くニデックに牧野フライスが傘下に入るのでしょうか。敵対的な買収提案というよりも、強引すぎる買収提案に思えてしまいます。