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日本製鉄(下)「鉄は国家なり」の呪縛から逃れられない国策会社 USスチール買収の足枷にも

  日本製鉄の夢は儚くも消えるのでしょうか。今や中国、インド、韓国などアジア勢の製鉄メーカーの後塵を拝する立場に追い込まれていますが、1980年代までは世界の鉄鋼相場を主導したのは日米でした。1年前の2023年12月、USスチールを2兆円で買収する計画を発表したのも、世界市場での価格競争力を再び握り、名実ともに日本製鉄にふさわしい実力を取り戻すはずでした。かつて「鉄は国家なり」を体現した国策会社でしたが、不幸にも米大統領選の争点に巻き込まれ国の論理に振り回されることに。これも国策会社の宿痾なのでしょうか。

米大統領選の争点に

 覚悟していたとはいえ、残念な決定でした。USスチール買収を発表した後、全米鉄鋼労働組合が工場閉鎖などで雇用が喪失するとして反発。1年後の米大統領選をにらみ、バイデン、トランプ両氏は大票田の労働組合層の支持を獲得するため、両氏とも買収阻止を明言していました。誰が大統領になっても買収を阻止するとわかっていました。 

 予想通り、バイデン大統領は大統領選で敗北した2ヶ月後の2025年1月3日、日本製鉄によるUSスチールの買収計画を禁止する命令を発表しました。「強固な鉄鋼産業は、国家安全保障に不可欠で重要だ」が理由です。日本製鉄の買収提案は対米外国投資委員会が審査していましたが、安全保障上のリスクを巡って合意できず、バイデン大統領に最終判断が委ねられていました。

 日本製鉄も呆然としていたわけではありません。労働組合の不安を解消するため、取締役の過半を米国籍が占める布陣にするほか、米国内の生産能力を今後10年間は削減しない方針を提案に加えました。しかし、買収提案が米大統領選の当落を握る争点の一つとして注目を浴びて以来、USスチールが企業として復権できるかどうかは論外に。日本製鉄とUSスチールの経営戦略はどこかへ消えてしまったよう。現在、日本製鉄は大統領命令に対し訴訟による対抗措置を打ちましたが、成果は期待できるのか。

 実は買収提案以降のニュースから日本製鉄、USスチールが過去、何度も経験した「鉄は国家なり」を歴史をなぞるような印象を強く受けています。

アジア勢と闘う勝負手

 日本製鉄にとってUSスチールの買収は、世界の表舞台に再び主役として躍り出る起死回生の勝負手。日本製鉄の橋本英二社長が2023年12月、USスチールの買収計画を記者会見で発表した時、橋本社長の胸の内には数多くの先輩から託された「日鉄の夢」がよぎったはずです。「日鉄」とは何か。創業以来、継承されるDNAと考えています。新日鉄の時代、社員の多くは新日本製鉄を「日鉄」と呼んでいました。新日鉄とは決して言いません。

 創業は90年前の1934年。官営の八幡製鉄所を軸に合同して「日本製鉄株式会社法」の下にある半官半民の国策会社として発足しました。第二次大戦後の財閥解体で4社に分割されましたが、1970年に八幡と富士の製鉄2社が合併して「新日本製鉄」として息を吹き返します。対外的な社名に「新」が加わっているものの、意識は官営八幡から継承している「日鉄」の復権。その名の通り、日本最大の製造業として粗鋼生産を拡大し、日本経済を牽引。戦後の高度成長期をリードした経団連会長を輩出します。

 その視野の先にはUSスチールが待ち構えていました。米国の製鉄業は1950年代から世界最大の生産量を誇り、その象徴がUSスチール。世界市場での圧倒的なシェアを背景に国際相場を左右してきましたが、その強さにあぐらをかき、設備更新よりも利益拡大の経営を優先します。追い上げる日本勢は連続鋳造法など新技術を取り入れ、コスト競争力を高め、USスチールなどを追い詰めます。

 日米欧の鉄鋼摩擦が1970年代から過熱します。日米欧の政府、製鉄メーカーがダンピング提訴や輸出の自主規制などで激しいやり取りが演じられましたが、裏返せばケンカしながら、日米欧の鉄鋼メーカーは国際的な価格カルテルを水面化で握り合い、世界の鉄鋼製品の価格を調整してきたのです。ある記者会見で、新日鉄の稲山嘉寛会長がポロッと本音を漏らしたのを今も覚えています。

価格主導権を取り戻せるか

 ところが、日米欧では制御できない相場が始まります。日本の政府・メーカーが技術供与などで支援した韓国や中国の鉄鋼産業の台頭です。今では日本、米国をはるかに上回る粗鋼生産量を誇り、国際的な相場は中国、韓国、インドなど上位メーカーに握られています。。

 「日鉄」は再び日本の製鉄メーカー復権への道をひた走ります。2012年10月には新日鉄と住友金属工業が経営統合し、社名は「新日鉄住金」に。5年後の2017年には日新製鋼を買収。2019年4月についに社名を日本製鉄に書き直しました。69年ぶりに名実ともに日鉄となりました。「日鉄」初代社長の橋本英二社長は国内外の生産体制をスクラップ&ビルトを進め、赤字経営から脱却して2023年3月期で連結純利益で過去最高を達成。USスチール買収を可能にする「日鉄」に変貌させました。

 その思いが明確なのはUSスチール買収提案後の2024年4月に社長交代です。今井正新社長は「総合力で世界一をめざす」と宣言しました。中国や韓国、インドは粗鋼生産で世界の上位を占めるとはいえ、量販品が主体。これに対し日本製鉄は高級鋼材に強く、価格競争に巻き込まれずに中国などと競争できるからです。「世界一」には生産量では下回っても、製品力や収益力でトップに立つとの意地をこめています。USスチールの買収は世界生産量を増やすだけでなく、EVなど今後需要が増える次代の鉄鋼製品でのシェアを拡大し、世界の勢力図を書き換える橋頭堡と位置付けていたのです。

 やはり「鉄は国家なり」の闘いが今も続いています。トランプ大統領は当選し、1月21日に就任します。選挙対策として撒き散らした公約に縛られず米国にとって何がプラスなのかを改めて考え直し、最優先する中国との経済安全保障の観点から新たな決断を下す時が訪れるのか。日本製鉄がUSスチールを買収できるかどうかのカギです。

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