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オリンパス 創業事業を売却 未来の強さを今の収益力で測る愚かさ

 オリンパスが顕微鏡などの事業を売却します。1919年に顕微鏡の開発・生産を目的に創業してから100年を超えます。ドイツなどに学びながらレンズの光学技術を磨き、カメラ、内視鏡など「光」を機軸に他が追随できない画期的な製品を発売、世界的な企業に転進してきました。100年間続いた創業事業の売却に感傷的な思いは全くありません。現在の事業収益力を考慮して次代に向けて企業の事業構造を改革するのは当然です。陳腐な響きかもしれませんが、「選択と集中」は猛烈な技術革新が続く現代では不可欠です。しかし、企業の強さを生み出す源泉とは何か。本来最も大事なものを見失っている典型例にも映ります。

失ってはいけないものを失う典型例かも

 オリンパスは2022年8月29日、投資ファンドの米国ベインキャピタルに対し工業用顕微鏡などを軸にした科学事業部門を4276億円で売却したと発表しました。この事業の売り上げは22年3月期で1200億円弱で、全社売上高の1割強を占めます。すでに2021年、デジタルカメラなど映像事業を売却したほか、科学事業も分社化しており、売却は既定路線でした。

 オリンパスはレンズの卓越した研磨技術を土台にカメラ、デジタルの映像機、内視鏡と次々と開発、医療機器分野で世界のトップシェアを握っています。2011年の不正会計事件で経営の屋台骨が崩れ、事業改革に取り組んでいますが、消化器系の内視鏡は圧倒的な評価を得ており、収益力は回復しています。

 当然ですが、経営環境は変わっています。牽引役を果たしたデジタルカメラはスマートフォンの普及により駆逐される寸前。創業から継続する顕微鏡など科学事業は内視鏡など医療機器分野に比べて成長力は期待できません。新聞などによると、顕微鏡などの営業利益率は15%であるのに対して、内視鏡事業は39%とはるかに高いそうです。製造業の収益力を考えたら、営業利益率15%もかなり高いと思いますが、2021年に科学事業を分社した際、竹内康雄社長は「顕微鏡の技術は有望だが、オリンパスが継続して成長投資できる体力はない」との考えを明らかにしています。オリンパスは科学事業の売却で得た資金で医療機器メーカーなどの企業買収を検討していくそうです。

製造業取材で突き当たるのは「会社本来の強さとは何か」

 40年近く製造業を取材して時々思うのは「会社が本来持つ強さとは何か」です。もちろん、根幹は技術。しかし、技術は移植では進化しません。オリンパスの場合をみても、前身の高千穂製作所で山下長さんが世界一の顕微鏡を製作したいという執念があったから、今があるのです。社名の由来を思い出してください。ギリシャ神話で神々が住むというオリンポスに例え、「世界に通用する製品を作る」という当時の気迫が込められ、永遠に忘れるなと伝えているのです。戦後生まれのソニーやホンダはよりわかりやすいでしょう。井深大さん、本田宗一郎さんら狂気と表現しても良い熱狂と執念が源泉となって世界でトップに立つ製品を開発、ヒットさせています。

 かつて新聞社で製造業をテーマに1年間通す連載企画を担当しました。カメラやビデオなどアナログ製品がデジタル技術で進化していく過程を追った時です。ある電機メーカーの技術者と雑談していたら、「半導体など電子の世界は光技術の応用で飛躍的に伸びる」と予言するとともに、「画期的な技術を実用化するためには基礎技術が絶対に欠かせない」と強調していました。

 その例として教えてくれたのがレンズ研磨。ナノレベルの精密加工を施そうとしても、工作機械や自社の優秀な職人さんに頼んでも目標の数値にたどり着かない。誰に頼めば良いのかと探したら、オリンパスのレンズ磨きの職人さんに行き着いたそうです。「精密加工済みのレンズを渡した後、その職人さんはレンズ表面を眺めてチョコチョコと磨くだけ。でも、それで問題はすべて解決」と技術者は苦笑していました。

 職人の伝統工芸を残そうと提案しているわけではありません。創業以来、会社の隅々にまで染み通っている技術開発の発想、経験とノウハウを忘れてしまったら、もったいないと考えるだけです。会計上に現れず、目に見えない会社の大きな資産を失うことはありません。適切な例とは思いませんが、酒蔵に住み着いている酵母菌みたいなものです。普段は見当たりませんが、日本酒を醸造する時にワッと増殖して、名酒を創り出します。

自らの強さを生み出す源泉を忘れないで

 現代は人工知能、ビッグデータの時代です。数値化により人間の経験に及ばない障害や発想を引き出し、新技術や新製品の開発ができるといわれています。忘れていけないのは、人工知能もビッグデータも誰がそう判断するのか教えることです。ディープランニングなど人工知能自ら研究を深める手法が知られていますが、「原初のオリジナルを教えるのは人間」とIBMの人工知能研究者が強調していたのを忘れることができません。

 オリンパスはじめ日本にはまだまだ世界でも先駆的な技術を持つ製造業は多いのです。創業時の事業をありがたく継承し続けるのは本末転倒です。ただ、自らの強さを生み出す源泉とは何かを忘れて欲しくないです。

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