スズキ・ダイハツがトヨタを抜き去る日 EVがトヨタを自縄自縛に、自ら最強神話を崩せるか
「トヨタ自動車がスズキ・ダイハツに抜かれてしまうなんて、ありえない」。多くの人がこう考えるはずです。100万分の1、スズキ・ダイハツに抜かれるとしても、トヨタグループの一員。トヨタが飲み込めば良いんじゃない。こちらも道理です。トヨタは世界一の自動車グループですから。
しかし、その最強神話に酔い自らの進化を忘れたら、思わぬ落とし穴にはまります。始まったばかりの電気自動車(EV)の時代は、強さを弱さに変えてしまう時限爆弾を秘めているのです。
自動車産業を背負う
「550万人の雇用をどうするのか」ーここ数年、EVの行き過ぎた対応に警鐘を鳴らし続けた豊田章男会長が沈黙を続けています。
2021年1月、自動車工業会の豊田章男会長は元旦の挨拶で自動車産業を守り抜く決意を表明します。
自動車産業がどういうものなのか、数字で見てみたいと思います。
自動車産業が生み出す雇用は550万人です。日本で働く10 人に1人が自動車産業に関わっていることになります。
国に納めている税金は15兆円。そして、経済波及効果は2・5倍、自動車生産が1増加すれば、全産業が2・5倍、増加することになります。
昨年、菅総理が、「2050 年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言されました。
地球環境問題の解決に向けた総理のご英断に敬意を表しますとともに、私たちは、その実現に向け、全力でチャレンジしたいと思います。
これは、「すべての自動車が電動車になればいい」という単純な話ではありません。
(2021年1月8日のトヨタイムズから)
かつて日本の自動車産業の強さを象徴した「ケイレツ」。トヨタはその頂点を極め、堅持しています。地球温暖化を防ぐため、脱炭素、カーボンニュートラルをめざし、EVへの取り組みを加速しなければいけないことはわかっている。しかし、ケイレツの崩壊は日本経済のためにも許されない。豊田会長の危機感は十分に理解できます。
だからこそ豊田会長は当時の菅首相が宣言した2050年を目途するカーボンニュートラル戦略にも異論を唱えました。しかし、「トヨタはエンジン車に固執し、EVへのシフトに消極的だ」と受け止められ、トヨタの未来戦略まで不安を抱かせる結果になります。
レクサスでEV市場を固める
豊田会長が沈黙する姿勢は、自縄自縛に直面するトヨタの苦い思いを語っています。
トヨタの脱炭素への取り組みは他社よりも早い。ハイブリッド車を世界で初めて量産化し、大成功を収めている。CO2を全く排出しない水素を使った燃料電池車の開発でもトップを走っている。製造工程の効率化向上など自動車生産で発生するCO2も減少している。地球全体を見渡せば充電インフラが不足する発展途上国では、エンジン車がまだまだ必要。EVへシフトするとしても、欧州が唱えた全面転換は拙速だ。なぜEVへの取り組みが遅いと批判されるのか。
EVの取り組みに対するトヨタが示した答は「高級車レクサスからの普及」でした。EVの目の前に立ちはだかるハードルの一つは価格の高さ。公的補助を受けなければ、そう容易に手が入る価格ではありません。トヨタの最高級ブランドであるレクサスなら、主力顧客の富裕層は充電インフラの不足などについても納得して購入を決断できるはず。もともと高い評価を得ているブランドです。EVへのシフトで先進性を強く訴え、一段とブランド評価を高める相乗効果も期待できます。
しかし、レクサスの評価をそのまま小型車クラスに反映できるかどうか。「レクサス」と「トヨタ」の購入層の差異をどうつなぐのか。結構、深い落とし穴が待ち構えています。
ハイブリッドが足かせに
国内外で高い人気を集めるハイブリッド車も足かせになるでしょう。4兆円超の利益を生み出す原動力のハイブリッド車を切れるか。ソニーの苦い教訓を思い出します。カラーテレビの高精細な画像再現力を生み出したトリニトロン、携帯音楽端末の先駆けとなったウォークマン。いずれも一世風靡しましたが、液晶テレビへの進出、iPhoneなどデジタル記録媒体へのシフトへの決断を遅らせ、ソニーとって主力事業の足場を崩しました。
トヨタの経営を軌道修正する能力はどうでしょうか。時代の変化を先取り、柔軟に変化する経営へ移行できるのか。
3月、社外取締役や社外監査役の利害関係を精査して中立的な立場の人材を登用するため、元中日新聞社記者の長田弘己氏を社外監査役に選任する人事を発表しました。長田氏は国内外の取材経験を重ね、トヨタ取材班のキャップを務めたベテランジャーナリストです。トヨタは「徹底的な取材に基づき、中立的な立場でトヨタへの批判や応援を含めてありのままを報道してきた。公正中立な立場から監査してもらえると判断した」とコメントしています。
メディアが公平中立を堅守するのは当然です。中日新聞は東海地方でダントツのメディアです。その東海地方の経済を支えるのはトヨタグループ。部数、広告などメディア事業を展開する地域の新聞社に大きな影響を持ちます。トヨタが中日新聞の経営に与える影響力は無視できません。長田氏は中日新聞を退社してトヨタの社外監査役に就任するはいえ、中立性を担保できるのでしょうか。
1強の経営体制が柔軟性、機敏性を失う
見逃せない人事がもう一つ。小林耕士氏です。同氏は豊田章男会長が新入社員時代に上司として知り合って以来、師弟関係を超えた腹心と見られています。豊田会長は小林氏をデンソー副会長、トヨタ副社長、最高リスク管理者として重用してきました。トヨタのみならずグループ内でも豊田会長にものを言えず、一強といわれる空気を醸し出している背景として、かねて小林氏の存在が指摘され、その危うさも心配されていました。今回、4月1日付けでエグゼクティブフェロー、トヨタの大番頭として引き続き社内、グループに睨みをきかせます。外部から見えないトヨタ、グループの社内力学は何も変わらないでしょう。
豊田会長は1月30日のグループビジョン説明会で次のように経営改革に向けた決意を話しています。
私と同じセンサー、感覚を持った経営層を1人でも多くつくりあげていくこと。そのセンサーを身につけさせるようなアドバイス、相談、叱咤激励をして、世の中から「トヨタグループは人材が豊富ですね」と言われたときが、自分自身のゴールなのかなと思っています。
(トヨタイムズから)
トヨタが自らの最強神話に縛られ続け、EV時代を迎えることなりそうです。