
大尽遊びに興じるトヨタ会長、モータースポーツ三昧、センチュリーを最高級ブランドに
トヨタ自動車の豊田章男会長が演じる派手なパフォーマンスに圧倒されています。若い頃からレース用ワンピースを着て「モリゾウ」を名乗り、社長を務めながら国内外のモーターレースに参加して周囲をハラハラさせていましたが、会長職を務めてからは一気に加速。トヨタ車の品質を見極めるマスタードライバーの職を自ら任命しただけあって、走りを極めるスポーツカーの開発を指揮し、次々と新車を発表しています。
「GR GT」でオーバーテイク
直近ではTOYOTA GAZOO Racingのブランドを背負うフラッグシップモデル「GR GT」をお披露目しました。「ザ・オーバーテイク」と題したテレビCMでは「GR GT」が歴代のフラッグシップモデルを追い抜いていく様子を描いています。自称・クルマ屋として次世代に残すべき技能を継承しなければいけないとの思いを託したそうです。
豊田会長はテレビCM出演などメディアに登場するのが大好き。1年前に「モリゾウ」として走行性能を高めたレクサス「LBX」の「モリゾウRR」のCMではハンドルを握りながら、車への熱い思いを語る様子を描いています。日本で放送しているのに豊田会長はなぜか英語で話しています。YouTubeでも流していますから、世界を意識しているのでしょう。
実はモリゾウ・エディションはまだあります。カローラをベースに開発しており、価格は715万円で乗員は2名。大衆車のカローラのイメージとはかけ離れた高価格と乗員数です。豊田会長が初めて乗った車がカローラで、その思い入れが詰め込んだそうです。

レクサスを上回る最高級ブランドに
高級車「センチュリー」を「レクサス」を上回る最高級ブランドに格上げしたことにも驚きました。皇室や大企業の社長車に使われ、堅牢な車体で安全性を売りにしていましたが、2ドアのモデルを開発して、車体のイメージカラーはオレンジ色。センチュリーといえば黒一色と思い込んでいましたから、自動車業界はびっくりというか唖然。世界最高峰の高級車へ駆け上がる熱意をオレンジ色に込めたようです。
「GR GT」も「センチュリー」もトミカじゃありませんから(失礼!)、スポーツカー、高級セダンを開発するには百億円単位のお金を費やします。まあ、トヨタはお金がたくさんありますので余計なお世話でしょう。なにしろ、世界一の自動車メーカーだけあって、売上高は48兆円、利益は5兆円近くもある日本を代表する企業です。日本のGDPは600兆円ですから、単純計算で考えても日本経済の大黒柱として支えています。トヨタの存在感の大きさがわかるはずです。しかも、トヨタ銀行と呼ばれるほど潤沢な資金を抱えています。
もっとも、スポーツカーも高級セダンも高い注目を浴びますが、1台あたりの価格はものすごく高い。話題を巻いたといっても新車の販売数は知れています。とてもトヨタの業績を押し上げるとは思えません。
「トヨタの評価を高めるブランド戦略」。こう割り切れば良いのでしょうが、外野席から眺めていると豊田会長が好き放題しているとしか見えません。豊田会長の笑顔とパフォーマンスに見惚れてしまい、「あれ?、トヨタの社長は誰だっけ?」と素朴な疑問が湧く時があります。
トヨタの自社メディア「トヨタイムズ」をみてください。トップニュースはいつも豊田会長が主役。直近は「あきちゃんと110人の高校生」のタイトルで「豊田章男が高校で授業!?『愛ってなんですかの答えとは?』」。いやあ、長年ジャーナリズムの世界で生きてきた人間からすれば、自社のメディアを自身のPRに使う姿をみると、「トヨタって豊田会長を宣伝する会社なんですか?」と問いたくなります。
薩摩治郎八氏とダブってしまう
ふと、明治時代に「バロン薩摩」と呼ばれた薩摩治郎八氏と逸話を思い出しました。
一代で巨万の富を築いて「木綿王」と呼ばれた薩摩治兵衛の孫として生まれ、父は2代目薩摩治兵衛、母は現在のダイトウボウの前身、東京モスリン紡織会長の長女まさ。オックスフォード大学に留学し、欧州で著名人らと親交を深めます。パリに在住し、藤田嗣治ら日本人芸術家を支援。文化に私財を注ぎ、社交界でも黄金色のロールスロイスを乗り回すほど派手な振る舞いから「バロン薩摩」と呼ばれました。10年間で600億円を使ったというのですから、想像もできません。
豊田章男さんも負けていません。父はトヨタ創業家直系の章一郎さん、母は三井財閥直系の博子さんで、長男として創業家の権威を満身で背負っています。しかも、トヨタ社内はもちろん、系列のグループ企業の経営に目を光らせ、異論を伝える人材は皆無。「バロン薩摩」に勝るとも劣らぬ威光を身に纏っているといって良いでしょう。
自動車は歴史的な転換期に
薩摩治郎八氏は木綿王と呼ばれた実家が1927年の金融恐慌を境に窮地に追い込まれ、倒産しました。財産を失った治郎八氏はダンサーと再婚して小さなアパートで過ごしましたが、最後まで人生を楽しんだそうです。
自動車産業は地球温暖化の抑制に向けてエンジン車から電気自動車(EV)へ移行する歴史的な転換期にあります。トヨタは世界最強のハイブリッド車の豊富な品揃えで難局を乗り越えようとしていますが、EVの開発競争では欧米や中国に比べて出遅れています。EVでもかならず「オーバーテイク」できる」と踏んでいるのでしょうが、果たしてどうか。振り返って、「あの時の大尽遊びは楽しかった」と古き良きトヨタを懐かしむ時が来ないともかぎりません。

