• ZERO management
  • カーボンニュートラルをZEROから考えます。
  • HOME
  • 記事
  • ZERO management
  • 鈴木修はなぜインドを選び、中国を選ばなかったのか 慧眼は資本主義より民主主義を優先
古い人物紹介の新聞記事

鈴木修はなぜインドを選び、中国を選ばなかったのか 慧眼は資本主義より民主主義を優先

 「インドは英国の植民地支配を受けた影響で民主主義が定着しているけれど、中国は違うからね」。スズキの事実上の創業者ともいえる鈴木修さんがもう30年以上も前に話していた言葉が蘇ります。

「インドは民主主義の国だから」

 世界が中国になだれ込んだ1980年代、鈴木修さんはインドと中国の未来を天秤にかけ、インドを選びました。当時、沈滞が続いたインドは今や、人口、経済などで中国を上回る上昇気流を捉え、一方の中国は人口減や台湾有事など政治経済に不安が広がり、世界でその向き合い方の修正が始まっています。

 日本、米国、E U(欧州連合)など中国経済との深い連携で潤ってきた国々が戸惑い始めています。その象徴はEUでしょう。5月上旬に外相会議を開き、中国に大きく依存する経済関係を修正する方向に転換しました。行きすぎた依存は欧州を危うくすると判断したのです。

EUは過度な中国依存を修正

 EUにとって中国は最大の貿易相手国。2011年から中国向け輸出は5%を超える伸び率を維持。輸入も4%超で増加しており、2020年にこれまで第1位だった米国を追い抜きました。自動車産業を見てみましょう。フォルクスワーゲン の中国販売は世界販売の40%程度も占めます。1980年代から現地生産を始め、中国市場で不動の地位を固めてきた勲章です。メルセデス・ベンツ、BMWというドイツを代表する高級ブランド車も世界販売の30%を軽く超える比率です。

 中国の自動車市場は世界最大。中国向けのシェアが高まるのは当然ですが、日本車で世界販売で30%を超えるのはホンダぐらいでしょうか。欧州、とりわけドイツにとって自動車など輸送機器、機械関連は基幹産業。そう簡単に中国離れができるわけではありません。にもかかわらず、中国向け貿易政策を軌道修正せざるをえない。現況の危うさがあぶり出てきます。

中国と対立姿勢を強める米国

 中国との対立姿勢を強める米国。イエレン財務長官は4月下旬、中国の安全保障上の脅威や人権状況に対処していく姿勢を示す一方、経済的なつながりを切り離す「デカップリング」は「米中両国にとって破滅的だ」と強調しました。気候変動対策の分野などを通じて世界経済で協調する考えを示しています。

 それでは冒頭に紹介したスズキはどうか。5年前の2018年9月、中国からの撤退を表明しました。1990年代から軽自動車「アルト」を販売し、現地の長安自動車と合弁会社を設立、現地生産も開始していました。当時、スズキの鈴木修会長は「約25年前にアルトを投入し、中国市場の開拓に努力してきたが大型車の市場に変化してきた」というコメントを残しています。撤退がスズキの業績に与える影響はほとんどないことも明らかにしています。進出当初からいつかは撤退する腹づもりだったかのようです。

スズキは2018年に中国から撤退

 中国からの撤退は主力のインドはじめ東南アジアに経営資源を注力するためと説明しています。中国の自動車市場は規模拡大に合わせて、売れ筋は高級車に人気が集中。ドイツのベンツやBMWなどが大幅に伸びている理由です。スズキは小型車が中心で、いわゆる大衆車。中国市場が地位などを誇示できる高級志向が加速しているだけに、スズキがどんなにがんばってもシェア拡大などで稼ぐ手は見当たりません。

 撤退を決断した根底に、鈴木修さんの海外進出に対する哲学がしっかりと反映されていることも見落とせません。スズキはトヨタ自動車や日産自動車、ホンダなどに比べて開発・生産に投資できる体力で劣ります。失敗は許されない。激しい競争を繰り広げてシェアを維持しても利益が上がらなければ何の価値もない。海外投資する国を選ぶ基準はスズキが絶対に勝ち、相手国からも歓迎されることが必須でした。インド、ハンガリーはこうしたスズキ基準で選択されました。

国の根幹はまず民主主義から

 しかし、「カネ」だけではありません。工場の床に落ちている一円玉を見逃さない鈴木修さんです。徹底した現実主義、ドケチな資本主義の信仰者と思うかもしれませんが、若い頃は秘かに政治家を志した人物です。国として豊かに、人々が楽しく過ごせる理想を思い描いていました。投資する国が未来永劫とはいわないまでも、安心して投資するためには、安定した国情が必須です。その担保を見極める基準は何か。

 その答が民主主義でした。本格進出を決めた頃のインドは、政治経済はまだ不安定で、世界の自動車メーカーは進出に迷っていました。その結果、現地のタタグループが自動車市場で大きなシェアを占めていました。世界の自動車メーカーの中では中小企業のスズキでも、闘える相手です。

 それよりも民主主義が根付いていました。「そう簡単に国が引っくり返ることはない」。そのインドに比べて、中国は・・・。共産主義の国が資本主義を追求する国は、鈴木修さんにとってインドほど熱い思いを抱かせる相手はなかったようです。順序があるとは思いませんが、国の根幹は民主主義があって、次に資本主義なのです。

修さんの笑顔に騙されちゃダメですよ

 40年後、鈴木修さんが見透した未来が現実になっています。やはり稀代の経営者。期待を裏切りません。駄洒落や冗談を飛ばして「オレは中小企業の社長」と笑っていますが、笑顔に隠れたその慧眼を見逃してしまっては、超もったいないですよ。

関連記事一覧