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日和佐信子さんが問い続けた社外取締役とは 食の安全に対する信念と素朴な疑問を貫き続ける

 雪印乳業の社外取締役を務めた日和佐信子さんが2022年12月末、お亡くなりになりました。日和佐さんは、生協活動を経て全国消費者団体連絡会の事務局長、狂牛病とも呼ばれたBSEの調査検討委員会の委員など務め、2002年に雪印乳業の社外取締役に就任しました。当時の雪印乳業は子会社の牛肉偽装事件が発生、牛乳による食中毒に続く度重なる不祥事で経営は苦境に追い込まれていました。日和佐さんには取材などを通じて何度もお会いする機会がありましたが、いつも感じたのは自らの信念と素朴な疑問を問い続ける凛とした姿勢でした。

常に自然体、でも改革の実行を見届ける強い姿勢

 日和佐さんは、長年の消費者活動の実績から不祥事が続く雪印乳業のみならず食品産業全体の信頼を取り戻す役割を期待されていました。食品メーカーによる中毒や偽装は今でも絶えませんが、2000年に入って雪印のほか日本ハムなどでも牛肉偽装が発覚。BSE、偽装などをめぐる騒動は広まり、食に対する信頼は大きく揺らいでいました。

 日和佐さんにお会いした時、ちょっと驚きました。消費者を代表して食品の安全性を監視するといった身構えた緊張感が見当たりません。ひと言で例えれば、常に自然体、アッケラカン。日和佐さんは「取締役会や食の安全をチェックする委員会では、自分の意見をそのまま述べている」と話しましたが、雪印乳業の経営陣が本気で実行するかどうかまでかならず見届けると強調していました。言葉の一つひとつに信念が表れ、社内外に信用回復をアピールするだけの「お飾り的な社外取締役」とは一線を画く気構えを感じました。

全国の工場を視察して現場の努力を確信

 生産現場を知るため、全国の雪印の工場も視察。現場に対する信頼には確信していました。従業員は一生懸命に努力しているにもかかわらず、なぜ食中毒や偽装が発生してしまったのか。会社を挙げて食の安全を標榜しながら、防止できないのか。この疑問を問い続けます。

 日本の乳製品の歴史を体現する雪印乳業がその歴史に甘え、目の前の問題に柔軟に対応できない硬直的な経営にあるーー日和佐さんは鋭く見抜いていました。だからこそ、社外取締役として遂行する経営案件について疑問を示し、時には厳しい意見で批判することが大事と言います。「当たり前のことを意見するのだから、気負いがあるわけがない」と笑っていたのを思い出します。

 実は、雪印のマークは北海道で育った私にとって特別な存在です。小さい頃から牛乳、バター、チーズなど乳製品は雪印。雪の結晶を模したブランドデザインは、条件反射のように「おいしい」を意味するものでした。

 偶然ですが、2000年に雪印乳業が起こした乳製品の食中毒事件の際、担当デスクとして取材や編集を指揮する役割でした。経営破綻など重要な案件だったので緊張感を持って臨みましたが、一方では「あの雪印マークだけは失いたくない」との一念がいっぱい。情けない思い出です。

 日和佐さんは会社と消費者の距離を縮め、意見を取り入れる体制を築きました。しかし、あれだけ信頼回復に貢献したにもかかわらず、再び雪印には懸念材料が生まれました。社外取締役を13年間務めた日和佐さんの後を継ぐ形で就任した阿南久さんが2022年6月に退任したからです。

 阿南さんは日和佐さん同様、消費者団体の要職を務めた後、消費者庁長官を経て現在の雪印メグミルク(旧雪印乳業)の社外取締役に。消費者団体で活躍している頃、阿南さんともお会いしたことがあります。とても気さくで、率直な意見を述べられます。私が企画した新聞社主催のセミナーにも出演していただきました。その後、消費者庁長官に就任された時は、とても良い人事だと思ったものです。

 消費者の視線を忘れずに時の政治や経済の情勢を踏まえて、落とし所を探す余裕もあります。日和佐さんといい、阿南さんといい、とても失礼ながら「消費者活動にはとても優秀な人材がいるんだなあ」と思ったものです。

 その阿南さんが退任。後任は元消費者庁長官ですが、消費者活動を経験している方ではないようです。中毒、偽装など不祥事から20年が過ぎた雪印メグミルクが、万が一ですが「禊はすました」と思っていたら、経営はあっという間に元に戻ります。

 ESGの広まりから、社外取締役の就任が相次いでいます。取締役会を無言で終えるだけなら、まさに対外的なお飾り。改めて日和佐さんの偉大さを思い知ります。

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