プリズナーNo.6、トヨタ「ウーブン・シティ」への警告 未来のクルマは監視社会の見張り番に
半世紀以上も前のSFテレビドラマ「プリズナーNo.6」がフラッシュバックのように蘇りました。トヨタ自動車の豊田章男会長が1月、世界最大のIT家電見本市CESで進捗状況を説明した実験都市「ウーブン・シティ」です。共通するのは未来を先取りする「モビリティ社会」。ただ、描く未来社会は真逆。ウーブン・シティは人類が直面する地球温暖化などに対応できる未来を目指しますが、プリズナーNo.6は進化したモビリティによって監視される人間の苦しみを描いています。同じ未来を予想しながらも、道筋を誤ると独裁者が権力を振るうプリズナーNo.6のSFの世界が現実に。聞き逃すわけにいかない警告です。
静岡県裾野市で2021年から工事
ウーブン・シティは4年前の2021年2月から静岡県裾野市のトヨタ工場跡地(約71万平方メートル)で始まっています。トヨタが他の企業と共に富士山の裾野で人工都市を建設し、全体を実験場として捉えて最先端の技術やサービスを試行し、人やモノの移動全般を手掛けるモビリティー社会へのインフラを考えます。第1期工事として約5万平方メートルで施設や住宅などが建設されており、2025年秋以降に本格始動します。トヨタの従業員など約100人が入居した後、他の企業や起業家らが移り住み、最終的には2000人が住む都市に拡大する計画です。
豊田会長は「生きた実験室であり、発明者たちが、安全で現実的な環境で、自らのアイデアを自由にテストできる場所。世界中の人々を迎え入れる場所だ」とスタートアップ企業や研究者の参加を呼びかけています。
構想は壮大です。2020年1月に構想を発表した当時の豊田社長は「未来都市に人々が生活しながら自動運転やモビリティー・アズ・ア・サービス(MaaS、移動のサービス化)、スマートホームコネクテッド技術、AIなどの技術を実証する」と詳しく説明しています。
「ウーブンシティ」とは英語のweave(織り込む)の過去分詞・形容詞。多種多様な人間行動を最先端の技術と見識を織り込み、未来を具現化する挑戦への気概を示したのだと思います。世界に向かって発信する豊田社長の熱い思いが伝わってきます。
トヨタ社員らが住む実験都市のデータは?
成果は期待できるのでしょうか。都市にはトヨタ系列の従業員、NTT、ITなど多種多様の企業も参画して2000人以上が住民として暮らし、実験するとはいえ、多くは利害関係社ばかりです。トヨタ系列を除いたとしても、NTTなど参画企業いずれもトヨタと深い取引関係があります。実験の検証結果は信頼性できるのでしょうか。言い換えれば、トヨタが求める実験結果に沿うデータが集まってしまう恐れすらあります。経済学など社会科学の視点でみれば実証研究として認められるかどうか。
さらに、住民として暮らし、働くトヨタや取引先の社員や家族の胸の内を考えると苦しくなります。身の回りのデータを含めて収集され、分析されます。その結果をもとに修正すると共に、新たな開発ネタを捻り出す。自分自身のみならず家族も含めて実験材料となる辛さは想像を絶します。生活実感からこのデータが出ると、望ましい実験結果が出ないということもわかるはずです。日頃の行動すら実験を意識してしまい、客観性にいくつものの疑問符がついてしまいます。そうなれば「この都市から離脱したい」。そういう思いが湧いても不思議ではありません。
そんな胸の内を察した時に思い出したのがプリズナーNo.6でした。英国で1967年3月から放送されたSFドラマで、日本では1969年に放送されました。主演のパトリック・マックグーハン。企画、監督なども務め、映像は斬新でとても刺激的なドラマでした。当時、中学生だった私でさえ夢中になりました。
逃亡すると白い球体が追いかけて拉致
物語はざっとこんな感じです。英国のスパイである主人公はある日、上司に辞表を叩きつけ辞職。旅へ出ようとしますが、催眠ガスで拉致されます。国も場所も不明な場所に連れて行かれ「村」と呼ばれる集落には「プリズナー(囚人)」として多くの人間が住んでおり、番号で呼ばれています。主人公の番号はNo.6。
主人公は「村」のリーダーから事情聴取を強いられますが、逃れるために脱走を繰り返します。この脱走と謎解きが物語の柱となります。ただ、脱走を繰り返しても囚人の行動を見透かしたかのように、人間の背丈と同じ大きい白い球体が追いかけて、最後は球体に飲み込まれて連れ戻されます。このシーンが衝撃的なんです。村の囚人は全員、監視されており、自由な行動は不可能なのです。今思えば、この白い球体は人工知能を備えた未来のモビリティなのかもしれません。球体の動きは自身で判断し、目標を捕獲できる知能と行動力を兼ね備えているのです。
登場するクルマも素晴らしい。ロータス・セブン、エラン、ジャガーEタイプなどがいずれも大好きな「スーパーカー」が脇役を演じ、ミニクーパーの「ジープ版」ともいえる「ミニ・モーク」がタクシーと使われていました。今でも欲しいクルマです。当時、個性的なクルマを輩出していた英国の自動車メーカーの実力に敬意を表するしかありませんでした。
脱走するトヨタ社員はいない?できない?
まさか再現されるとは思いませんが、「ウーブン・シティ」から離脱したいと考えた人をトヨタが追いかけるなんてないでしょうね。それとも不満を表明する住民は皆無でしょうか。ウーブン・シティ構想を担当するトヨタ子会社「ウーブン・バイ・トヨタ」には豊田章男会長の長男、大輔氏が深く関わっています。豊田会長の熱い想いがわかるはずです。そんな実験に組み込まれたら、トヨタのみならず他の企業の社員も黙々と実験都市の生活を楽しむしかないでしょう。離脱したいと伝えたら、自分の将来はどうなるのか。不安を消せないでしょう。ひょっとしたら毎日、目に見えない白い球体が街を監視していると感じるかもしれません。