強欲と鉄拳が支配する世界でも「自由と平等と民主主義」は生き残る

 2017年に公開された映画「グレイテスト・ショーマン(原題はThe Greatest Show」」は米国のエンターテインメントの底力を改めて見せつけられました。実話をもとに出演者のキャラクター設定、演出に応える演技力の高さなどどれをとっても素晴らしい。

 サーカスなどに登場する俳優は、小人症、2メートルを超える長身、結合双生児ら際立つ個性の持ち主が次々と現れ、特異な世界を現出させます。社会常識から見ると、目を背けたくなる人がいても不思議ではありませんが、さまざまな特異がごった煮のように混じり合い、予想もできない新しいエネルギーを創出。誰もが魅了されるエンターテインメントの世界が目の前に広がってきます。

映画「グレイテスト・ショーマン」の多様性

 旧来の発想に縛られがちな自分自身の殻を破ってくれる爽快感すら覚えます。もっと楽しい人生を送ることができるかも。思わず「明日はもっと良い日になる」と期待しちゃいます。

 勘違いだと思い知った時もあります。「グレーテスト・ショーマン」が公開された同じ年の2017年から見せつけられたトランプ米大統領の4年間には、うんざりしました。「アメリカ・ファースト」と米国第一主義を唱えるものの、自身の名誉と支持者の利益を高めることに腐心するするだけ。成功したら自身の手柄。自身に都合が悪いことはすべてフェイク、偽物。「タイム」や「エコノミスト」など英語メディアを苦労しながら、パフォーマンスと駆け引きに興じるトランプ政権の記事を読むことに何度、徒労感を覚えたことか。

 ようやく終幕したと思ってから4年後、2025年1月21日に再演が始まってしまいました。2度目のトランプ大統領が繰り出す政治ショーは配役こそ違いますが、やっぱり「グレイテスト・ショーマン」をなぞっているかのようです。主役の興業師は個性派揃いの役者をかき集め、過去4年間の出来事をちゃぶ台返しすることで観客の拍手と笑いを求めます。きっちりした議論はそっちのけ。常にスポットライトを浴びていないと不安を覚えるスターが演じるわけですから、結果はすべて「正しい」。

トランプ政権はまるでホラー

 物語は微塵の疑問も反論も許さない強引さだけが後味として残ります。全然、グレイテストじゃない。楽しくもない。むしろ「自由と平等と民主主義」を脅かすホラーを見せつけられている思いです。

 主役が誰なのかもちょっとわからなくなっています。トランプ大統領なのか、400億円以上の政治献金でトランプ政権の重要ポスト「政府効率化省」を手にしたイーロン・マスク氏なのか。

 トランプ大統領は連日、大統領令に署名してテレビカメラに向かって見得を切る一方、「グリーンランドが欲しい」「ガザ地区から住民は出ていき、米国が再開発する」。本業の不動産会社らしい強欲をみせつけ、ウクライナを侵略したロシア、軍事演習を繰り返して台湾を恫喝する中国と同じ鉄拳を振い始めています。経済政策といえば貿易相手国に対する関税の課税。日本など輸出国に打撃を与えることはできますが、米国内の消費者への被害はどうなるのか。米国を守ると主張しながら、自国経済の悪影響を無視している姿には言葉がありません。

 マスク氏は、英エコノミスト紙が命名した「トランプのDisruptor-in-cheif」(破壊王)に相応しい活躍を演じています。選挙を経て選ばれていないにもかかわらず、米政府の全権を握っているかのように振る舞い、実行します。政府職員は何の説明もなく次々と解雇され、核管理に欠かせない職員までクビにしてしまい、あわてて再雇用するコメディも演出に加えてくれます。怖すぎて笑えません。悲惨な結末に至らずにラッキーでした。

権力と金さえあればなんでもできるのか

 欧州の政治にも介入しています。マスク氏はドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」のワイデル共同党首と対談し、2月の総選挙では同党に投票するようドイツ国民に呼びかけました。同党の決起集会にもオンラインで参加、ドイツがホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に対する過去の罪悪感から脱却する必要があると発言しています。ドイツのショルツ首相は「欧州全土で右派政治家が有利になるよう介入している。実に不快だ」と批判したのも頷けます。

 マスク氏は70兆円近い資産を保有する世界一の富豪です。それだけの才能と経営手腕から築き上げたわけですから、異論はありません。ただ、トランプ大統領のお墨付きを後ろ盾に権威と権力を好き放題振るうことには納得できません。

「政治の世界は権力に塗れた欲望で動く。だから、あの激しい選挙、権力闘争を繰り広げるのだ」。親しい政治学者が喝破していますが、すんなり納得する気は毛頭ありません。一部の人間だけが笑う社会になってしまうなんて、本末転倒の極みです。

守るべきは「This is me」

「自由と平等と民主主義」。人間として生まれたからには、自分の意思に従い、人生を送りたいと考えるのは当たり前です。誰も侵害することはできません。「強欲と鉄拳」に侵されるわけにはいかないのです。映画「グレイテスト・ショーマン」の出演者全員が呼びかけているじゃないですか。「これが私だ(This is me)」。

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