ニデックの創業者、永守重信氏は、先行きを見通す慧眼に絶大な信頼が寄せられ、発言一つ一つで東証の株式市場が左右したものです。ところが、最近は永守氏の決断に誤算が続いています。後継者の選択ミス、次代を担うEV基幹部品への進出。そして日本初の合意なきTOBと話題を浴びた牧野フライス。株主のみなさんはテレビCMの川口春奈と同じセリフを思わずぼやいたでしょう。「ニデックって何なのさ?」。あの永守神話は潰えてしまうのでしょうか。
「ニデックって何なのさ?」
ニデックは5月8日、工作機械大手の牧野フライス製作所への株式公開買い付け(TOB)を撤回すると発表しました。事前に交渉せずに突然提案した異例のTOBは日本で初めてでしたから、多くの注目を集めました。いつもながら永守氏の決断に驚かされます。TOBは4月4日から5月21日まで、約2500億円で子会社化する計画でした。
事前交渉が無いのですから、牧野フライスは猛反発。複数の投資ファンドから買収提案を受けていることを理由にTOBの開始時期を5月9日以降に延期するように要請しましたが、予定通りにTOBが開始されるため、牧野フライスはニデックの大株主としての力を逓減させる対抗策を講じます。
ここまでは永守氏の読み筋通り。早速、対抗策の差し止めを求める仮処分を東京地裁に申し立てました。ところが、東京地裁は5月7日付で却下。ニデックは対抗策が発動すれば、損害を被ると判断、5月9日に「公開買い付けを維持することは経済合理性を欠くことになりかねない」とのコメントを出してTOBを断念しました。
創業以来74社を買収した百戦錬磨の永守氏です。押し切る構えを貫く可能性も想定しましたが、すぐに幕を引きました。自身の立場は劣勢と判断したのでしょう。
予兆はありました。TOB開始日の4月4日に記者会見を開きましたが、登場したのは荒木隆光専務。牧野フライスはニデックにとって過去の買収案件でも最上級。最近、元気がない永守氏が株式市場や投資家に自信を見せつけるチャンスでした。代わりに2023年に買収した工作機械メーカーのTAKISAWAの原田一八社長が姿を見せて「傘下に入って業績は急回復し、非常によかったと考えている」と語るなど呆れる会見内容でしたが、それだけ牧野フライスの買収に自信がなかったのです。
百戦錬磨とはいえ、狙う相手を間違えた
そもそも狙う相手を間違えました。日本電産の時代から買収によって経営規模を拡大したといっても、相手は経営力を失った中堅企業がほとんど。その経営不振に陥った企業を永守流の猛烈な合理化と営業力で立て直す。これがニデックの真骨頂であり、強さを倍加させてきたのです。
牧野フライスは全く異なります。工作機械の製造技術は高く評価され、業界のリーダーも務めた名門企業です。ニデックが世界企業としての存在感がどんどん大きくなっているとはいえ、牧野フライスから見れば戦後生まれの新興企業。牧野フライスの宮崎正太郎社長が4月1日の入社式で「現在当社は大きな節目を迎えている」「どのような時代を迎えようとも、私たちが大切にしたい価値観は変わらない」と強調したように、ニデックと共に歩む気は全くありません。
それにしても、剛腕で知られた永守氏の失態が続きます。まずは後継者選び。2010年代に入って次世代の社長選びを始め、社外から優秀な人材をスカウトしました。日本電産を創業した永守重信自身を超える人物は、大企業で鍛え上げられた経営者しかないと信じ込んだかのようでした。
2018年に日産自動車出身の吉本浩之氏を社長に据えましたが、2年後にはクビ。その後任は同じ日産出身の関潤氏。その関氏も2年後にクビ。生え抜きで子飼いの小部博志氏を社長に2年間限定で就任させ、2024年からソニー出身の岸田光哉氏。めまぐるしく変わる社長の顔ぶれは慧眼が鈍り始めた証でした。
次はEVの駆動系基幹部品「電動アクスル」へ進出でしょうか。祖業である小型モーターに続く次世代製品を育てるために、突っ走りました。超強気が持ち味の永守氏ですから、目標値が高い。販売計画は2025年度に400万台、2030年度には1000万台。EVが最も早く普及している世界最大の自動車市場、中国で稼ぎまくるはずでした。
力の源泉とは?立ち返る時では
絵に描いた餅でした。中国のEV市場は思惑通り拡大したものの、政府の後ろ盾を背に中国メーカーが採算度外視したEVや駆動系など基幹部品の値下げが始まり、ニデックの電動アクスル事業は赤字が続き、今も青色吐息。
そして牧野フライスの買収断念。もう永守重信氏から神通力、オーラーが失せてしまっているようです。一度、創業の原点に立ち返る時です。ニデックの力の源泉は何か。昔の井戸を訪ねてみてはどうでしょうか。