
「外国人」「偉人」「異人」を使い分ける人たちの総選挙
NHKの朝ドラ「ばけばけ」で小泉八雲、節子夫妻をモデルにしたヘブンの妻トキがお金目当てで結婚した「ラシャメン」と誹謗中傷されるシーンがありました。ヘブンは夜、布団で目を瞑る妻トキに向かって「ごめんなさい、異人だから」と謝ります。静かな語り口でしたが、日本に今も根付く外国人への偏見を目の前に突きつけられた思いでした。
ヘブン「異人だから」と謝る
騒ぎの寸前まで、ヘブンは「偉人」でした。島根で英語教師として招かれて「島根の財産」と持ち上げられ、地域の最高権力者である知事は赴任期間の1年をなんとか延長できないかと腐心するほど。
それが突然、「偉人」から「異人」へ。脚本家のふじきみつ彦さんは言葉遊びが巧みですから、これまでも劇中でヘブンが語るカタカナ言葉「イジン」を「偉人」と「異人」の意味をわざと使い分けて、幕末の頃から日本中に広まった外国人コンプレックスを炙り出しています。
「偉人」と「異人」。明治時代から外国の輸入文化は日本よりも優れている信じる価値観が今もありますが、そのせいか外国人教師を日本の文化、技術を引き上げる「偉人」と仰ぎ見る癖があります。
外国の評価に喜ぶ日本
ところが、その「偉人」が日本人の尊厳を傷つける領域に手を突っ込むと、日本文化を何も理解していない野蛮な「異人」にすり替わります。
2026年2月8日に投開票する総選挙で「外国人」を連呼する候補者が多数います。「日本人」と対比する言葉として使い、「日本を守る」とまで言い切る人もいますから、「外国人」はきっと「異人」に近い意味合いなのでしょう。日本に移住、あるいは観光する外国人は、日本の文化や習慣を知らず、迷惑をかけていることを憂い、なにかしらの対策を講じなければいけないと訴えていると受け止めています。
確かに、その言動から思わず憤慨する外国人はいます。周囲を気にせずに、好き勝手放題。日本社会のルールをまるで無視しているかのように映る時もあります。
不愉快な言動に国籍はない
しかし、それは日本人も同じ。電車に乗れば何も言わずに体をぶつけてきて割り込んだり、怒ったりする人を見かけます。「トクリュウ」や半グレと呼ばれる犯罪集団は暴力を振るい、あるいは警察を名乗って高齢者を中心に多額のお金を騙し取ったり。殺人や詐欺など犯罪は国籍を問わず、繰り返されています。新聞やテレビなどニュースメディアをみれば、すぐに理解できることです。
それでは、外国人の「偉人」は消えたのでしょうか。とんでも無い。優れた頭脳と能力を備えた外国人は大学や企業に数多しますし、深刻な人材不足が続く日本で介護、コンビニ、清掃、解体などの貴重な労働力として力を発揮しています。彼らがいなければ、少子高齢化社会の日本はあっという間にストップしてしまうでしょう。
高市首相は奈良公園で鹿を蹴飛ばす外国人観光客がいると言ったそうですが、奈良県も含め全国各地の観光地は年間4300万人近いインバウンドの外国人観光客で潤っているのです。当然、悪ふざけが過ぎて不愉快な言動が拡散することはありますが、それは日本人観光客も同じです。
アジア系観光客がトイレの使い方が汚いと非難する声を聞きますが、熊本県の球磨川下りを体験している時に福岡県のある町議会議長が酔っ払って船上で立ち小便をして観光客全員が酷い目に遭ったことがあります。日本人でもトイレと川下りの違いを理解できない人がいるのです。
令和の日本にとって「異人」は「偉人」
忘れてはいけないのは、日本人か外国人かどうかよりも、個人の問題を国の問題にすり替えないことです。2025年6月現在の在留外国人数は395万人を超え、まだまだ増え続けます。インバウンドの観光客もすぐに5000万人を超えるでしょう。
人口減に歯止めがかからない日本です。「外国人」を拒絶して「日本を守る」と連呼する政治家がいるとしたら、それは無責任でしょう。共存共栄する社会をいかに創り上げるかを議論、具体的な政策を実行することにエネルギーを注いで欲しい。
2012年7月、ニューヨークの五番街で感動的なシーンに出会いました。世界的なアーティストの草間彌生さんが高級ブランド「ルイ・ヴィトン」とコラボレーションを展開していたのです。大きな旗艦店は草間さん独特の水玉で飾られ、ショーウィンドウには草間さんと瓜二つの蝋人形が立っていました。
草間彌生さんは「イジン」を超える
五番街を歩く人たちは足を止めて、蝋人形の草間彌生さんとじっと見つめ合い、不思議な時間を体験するのです。その目は「私は誰だと思う?、そしてあなたは誰?」と問いかけられているようでした。
草間彌生さんは統合失調症などで幻聴や幻覚に苦しめられながら、芸術作品を創造し続け、世界から高い評価を得ています。そこには「日本人の芸術家だから」といった前提はありません。もし芸術家としての知名度が無ければ、多くの人は「変人」と理解したのではないでしょうか。草間さんから「偉人」と「異人」を超える世界的な芸術家としての生き様を感じます。
「外国人」を「偉人」か「異人」で使い分けすることはやめましょう。政治家の皆さん、注目を浴びたい一心で「外国人」を「異人」呼ばわりすることもやめましょう。令和の日本にとって、今こそ「異人」は「偉人」なのですから。

