JR宗谷線名寄→稚内・至福の4時間(上)ワイルドライフ、夢想、そして厳しい現実
久しぶりに北海道の最北端、稚内を訪れることにしました。この13年間、名寄市のピヤシリスキー場に通い、日本一の雪質を満喫した後は道内を歩き回る旅を繰り返しています。稚内を初めて訪れたのは50年前。東京の大学入試に落ちた直後、そのまま周遊券を買って北上してたどり着きました。親にも知らせず、礼文島やヒッチハイクでオホーツク沿岸を周遊しました。どうしようもない親不孝だったと今も反省しています。社会人になった後も再訪を重ね、ちょっと数えきれないほど。
各駅停車で11年ぶりの稚内へ
といっても、今回は2012年9月以来。なんと11年ぶり。稚内へは飛行機、JR、日本海沿岸を走る路線バスなどいろいろな交通経路を経験していますが、名寄市からJR宗谷線で北上することにしました。
時期は1月中旬。北海道は荒天が続く時期で、昨年も名寄市から稚内市まで運休が続きました。今年も北海道を訪れた週は猛吹雪と強風で、道内のあちこちで列車は運休。名寄市にはなんとか到着しましたが、名寄以北は運休。駅員さんに走るかどうか確認すると、「今のところ、走る予定ですが、こればかりはなんとも」と苦笑しています。JR北海道は経営が厳しいうえ、気候も本州以南に比べ半端なく激しい。運休は覚悟しており、天候は神様にお祈りし、あとは運次第、ギャンブル。でも、これが冬の北海道を旅する醍醐味でもあるのですが・・・。
車両はキハ、BGMはぽっぽや
当日、運よく荒天から好天へ。ワンマン運転「キハ54 529」の一両編成で出発。乗客は予想以上に多く、アジアで高い人気を集める北海道らしく海外観光客の姿も目立ちます。車両はキハ。車窓から見える風景は真っ白な雪原。昨日まで滑ったピヤシリスキー場が見えてきます。この並ぶになれば、BGMは映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌「鉄道員」を聴くしかありません。作詞は奥田民生さん、作曲は坂本龍一さん。歌は娘さんの坂本美雨さん。
会いたい人なら 会いに行け あの山を越えて 今すぐ会いに行け
悩みがあるなら 旅に行け 心を鍛えて 一人の旅に行け
好きな歌い出しです。銀色に染まるキハの車両の車窓から見える風景は、白黒の雪原と林。農家さんの大きな住宅や倉庫が点在します。原色の輝きは見当たらず、雪が色や空気を全て吸収している雰囲気が大好きです。犬が降り始めた雪を見上げて「ワンワン」と吠える気持ちがとてもわかります。
宗谷線の魅力の一つは駅名。「知恵文」「美深」「音威子府」「問寒別」「雄信内」「幌延」「豊富」「勇知」「抜海」など名寄以北に24カ所の駅がありますが、アイヌ語の発音を漢字に転用しただけに漢字の並びの妙、発音に魅了されます。例えば美深は「びふか」、音威子府は「おといねっぷ」。漢字の駅名でその土地の自然の素晴らしさを表現し、その発音を聴くと訪ねたくなります。
24の駅名にも励まされる
ただ、どの駅も乗降客は少なく、事業採算を大きく割り込んでいます。抜海は最北の無人駅として知られていますが、JR北海道は廃止の考えを打ち出しました。稚内市は観光資源として存続を求める声も配慮して2025年3月末まで存続するそうです。乗客の一人としては各駅停車で「知恵文」「勇知」など駅の表示を見るたびに「俺ももうちょっと知恵を出すか、がんばるか」と励まされている気分になるのも不思議です。
牡鹿が線路を走り続け、警報も鳴り続け
車両が「ピー、ピー」と警報を鳴らし始めました。そうです、エゾシカが現れ始めたのです。車窓に見えなくても車両先頭の運転席からは見えるので、エゾシカとの遭遇を目当ての乗客は警報を知ると、運転手席のそば通路に向かい、カメラやスマホを構えています。案の定、子鹿が線路を慎重に渡っていました。まるで小学生が手を上げて横断歩道を渡っている姿のようで、思わず笑みが漏れます。
JR北海道の沿線は山間を抜けていますから、道内で駆除が追いつかないほど増えているエゾシカとの衝突が相次いでいます。観光客は、動物園ではなく自然の中のエゾシカが間近に見えるだけに大喜びですが、鉄道の安全運行に支障を来します。運転手は山林や雪原などエゾシカの通り道と思われる地域に入ると、注意深く運転し、姿を見かけると警報を鳴らします。万が一の衝突に備え、ヘルメットを被り車両を点検する保守担当者も運転手席の横に座り、動物の動きなどを注視しています。
今度は警報が鳴り続け、速度もぐっと低下、時々停止し始めました。私も思わず運転席の後ろ通路に向かうと、大きな角をはやした牡鹿が線路の真ん中を走っています。警報に気づき、衝突を避けるため走り続けるのですが、線路に従って走るので危険な状況は変わらず、このままでは衝突してしまいます。運転手は注意深く警報とブレーキを繰り返し、牡鹿との安全な距離を保ち、なんとか線路外へ逃げるのを待ちます。5分間ぐらい粘り強く待ち続けた結果、牡鹿は線路の横へ外れていきました。
キハの運転席からワイルドライフが
運転席の後ろ通路には私も含めてカメラを構える乗客が数人いますが、運転手さんも保守担当者も嫌がる様子はみせません。エゾシカとの遭遇もJR北海道の観光資源と割り切っているのでしょう。
観光客はエゾシカとの遭遇を楽しんでいれば宗谷線を堪能できます。名寄から稚内までの乗車時間は4時間14分。まるで筆でさっとなぞるだけの4時間ですが、風景が飛び散る新幹線とは全く違い、苦になりません。しかし、宗谷線には沿線住民の生活を支える役割も担っています。北海道の自然はすばらしいと手放しで喜んでいるわけにはいきません(=続く)
牡のエゾシカがまるで「キハ」をソリに見立てて走っているようでした。動画はこちら