会員制農園スタート 育てるのは野菜か自身のユートピアか
最近、会員制農園を通じて野菜を栽培することは、自身のユートピア(夢想)を叶える自己満足であるじゃないのかと感じるようになりました。「野菜は朝の取り立てはうまい」「格好が悪くたって味の良し悪しには関係ない」「収穫までの時間と手間が何よりも価値がある」。普段は肉が好きな子供がキャンプなどで釣った魚をBBQで調理して、何匹も食べた光景を思い出します。自分の夢を食べて、味を楽しんでいるのですかね。
野菜栽培は育てる、食べるだけでなく、「頭で考える」ことでもある
先日、東京都が建設している会員制農園で偶然目にした光景です。「私のイメージと全然違うわ」。若い夫婦が不機嫌な様子で完成前の農園から出てきました。そこには整地を終えた農地、ほぼ完成したレストハウスがありました。奥さんはとても立腹していて、旦那さんはまあまあとなんとか落ち着かせようとしていました。見知らぬ私がお二人にどうしたのですか、と尋ねる度胸があるわけもなく、ちょっとだけお二人の様子を遠くから拝見していましましたが、どうも会員として参加する農地が簡単な区画で分割されているだけなのが納得できないようでした。
会員制農園といっても、自治体が手掛ける市民農園のように土地の区分けだけで、あとはそれぞれが好きな野菜を育ててくださいと自由に任せるやり方がある一方、野菜の栽培以外でも収穫体験や調理などで新たな体験を楽しむサービスを加えるなど、まさにピンからキリまであります。この会員制農園は今年が初年度で、実際の運用はこれからです。
会員として申し込む際は募集要項などを読んで判断するしかありません。自分なりに野菜の栽培、収穫、調理などの体験を思い描き、それぞれのイベントをこう具体化しようと考える時間と工程はとても楽しいものです。さきほどの二人は、レストランなどが併設されたゲストハウスも見学して、自身がめざす「野菜栽培生活」と食い違った思いを持ったようでした。
会員制農園にとって最大の弱点は応募する側の希望にすべて答えることができないことです。スポーツジムならテニスや筋力トレーニングなど目標設定がわかりやすく、参加者もイメージを共有することができます。野菜栽培は、割安に野菜を収穫できるわけではありません。むしろコストと手間を考えたら、八百屋さんかスーパーで購入した方がお得な場合が多いはずです。
野菜を栽培するといっても、無農薬や有機栽培などの手法を選ぶ場合もあるでしょうし、以前にも書きましたがお子さんの受験対策のために経験させるのが目的で、収穫や食べることは二の次と考える場合もあります。まして最近はSDGsという名目を掲げ、自然体験と普段の生活をオーバーラップさせながながら、地球環境問題を体感しようという農園も相次いでいます。参加者の思いはどんどん複雑になっていきます。
アマチュアにとって野菜を栽培することは、体力を費やすことでもあるのですが、「頭で考える」部分も大きく占めているのです。この「頭で考える」ことは調理方法やフードロスを減らすなどで個々人でばらつきがあるのは当然ですし、農園主宰者、参加者で共有するのがさらに難しくなるのも当然です。私が参加している会員制農園の場合をみても、毎年毎年会員の要望に合わせているうちに農地の区画は分割され小規模になり、会員数は数十人単位に膨らんでいます。
東京都などが開園する農園は子供の教育から高年齢者の農業体験までと幅広い層を取り込んでいます。参加者が野菜栽培を通じて自分が思い描く夢想と異なり、参加した意味合いに疑問を感じることがあっても不思議はありません。
自然相手です、ユートピアは現実とギャップがあるのは当たり前
でも、です。野菜は自然が相手です。いくらこちらの思いが強くても、天候次第で期待した通りに育ってくれません。隣の区画はしっかり収穫できているのに、同じお金を払ったのに自分の区画はこれしか収穫できない、なんて不満が生まれることもあります。収穫した野菜をどう食べるかも同じです。ナスは収穫し始めていると大量に取れますが、毎日ナスを家族で食べるのはいやという人もいます。野菜栽培はもともとこちらの希望を叶えてくれるものではないというのがここ数年の感想です。
会員制農園はこれから広がっていくのでしょう。ただ、広がりとともに、多くの不満が噴出するかしれません。こんなところからSDGsと本当にサステイナブルな生活の両立の難しさを感じ、どう考えるかが始まるのかもしれません。土を触っていると地球を感じます。それは生命であり、自分自身であり、家族です。普段考えも予想もしていないことを突然、教えてくれます。野菜栽培はおもしろいですよ。