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探偵はいつも「小太郎」に②「札幌をフーテンの寅さんのような映画の舞台にしたかった」

  「なぜ東直己さんがいるのだろう?探偵はBARにいるはずじゃない。ここは日本酒や焼酎を飲む居酒屋だよ」。ちょっと酩酊しながら、心の声が囁きかけてきました。「好きな小説だろ?せっかく小説家が隣に座っているんだ。話しかけてみなよ」と促します。

隣り合っても飲み続けるだけ

 学生の頃、足繁く通っていたバーボン・バーのカウンターで岡本太郎さんと隣り合わせになったことがあります。本人は変装したつもりなのか、ふさふさした髪の毛でこんもりしたカツラをかぶっていました。でも、いまにも目玉に飛び出てくるかのような「メヂカラ(目力)」を見れば誰でも「あ、岡本太郎」とわかります。思わず笑ってしまい、注視した私に岡本さんも気づき、目が合ったのですが、岡本さんが友人と楽しく飲んでいる時間を邪魔するのが嫌で、バーのマスターに目を向け、話していました。

 東さんの場合も同じです。隣り合わせになる機会が何度もありましたが、会話はほとんどしません。基本は黙って飲んでいるだけ。酒飲みは独りで飲むのが大好きなのです。

 「探偵はBARにいる」の著者らしいなあと思ったことがあります。時々、女性と一緒にお店に来るのですが、女性の風貌が小説に登場する女性を丸写ししたかのように似ているのです。もちろん小説ですから、映画と違って文章表現だけです。細身で背が高く、顔もスッキリ系。仕事もプライベートもしっかりこなす。そんなオーラを発しています。探偵シリーズは一応、全て読破しています。作家は自分の好みをもとに登場人物像を描くと改めて実感したものです。

なんと女将は妹でした

 ところで、疑問がありました。なぜ東直己さんが「小太郎」を訪れてくるのか。女将と東さんは気軽に話しているようなので、親しいのは確実です。女将も小説に登場する女性の雰囲気を醸し出していますが、元カノではないようです。そんな疑問が抱いていたら、「小太郎」を紹介してくれた会社の若手があっさりと教えてくれました。「妹さんですよ」「そうなの!?」。彼が「小太郎」を訪れる理由も「東さんに会えるかも」ということでした。

 女将の風貌は確かに細身でスッキリ系。仕事はガンガンできるタイプ。東さんは失礼ながら、ヒグマがスーツを着て歩いている酔っ払い。「探偵はBARにいる」のどんでん返が続く展開を考えれば、不思議ではありません。まあ、似ているといえば似ているのかも。「わが道を行く」を貫き通すところなんかそっくり。

 しかし、お店のお客さんは東さん目当てで訪れる人はほとんどいません。女将さんの人徳なのでしょう。東さんのことを「あの酔っ払い、アル中」と心配しますが、東さんの作品などを「売り」にお客を集めることはしません。数多い常連客の1人です。だから、何も知らない私みたいな客が通うのでしょう。

映画制作の裏話を耳にすることも

 ある夜、映画「探偵はBARにいる」の裏話を女将に明かしている男性がいました。偶然、彼の隣に座った縁で女将との会話が耳に流れ込んできます。決して聞き耳したわけではありません。話の内容からテレビ朝日の人気番組「相棒」にも関わっていたそうで、大手映画会社のプロデューサーらしいです。「探偵はBARにいる」の制作に深く関与していたらしいです。「すげえ!」と心の声が叫びます。

 札幌出身の彼は酔いも手伝ってか、高校時代のエピソードを披露しながら札幌をいかに愛しているかを繰り返します。東さんの小説をもとに映画を制作した狙いも「フーテンの寅さんのような映画を札幌を舞台に作りたかったんだあ」と説明します。

 映画を見た人が舞台となった街も見たいと訪れ、さらに魅了される。生業を映画・テレビ制作を選んだ人間として、自分が生まれ育った街を多くの人に愛して欲しい。そんな思いだったようです。

座っているだけでディープ・ススキノに巡り合う

 小太郎では、ひたすら日本酒を飲んでいるだけ。お店を出る時は泥酔。にもかかわらず、ここに座っているだけで「ディープ・ススキノ」を創り出している才能に巡り合うことができました。小太郎で人生を豊かにしてくれる瞬間も味わえる。幸運でした。

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