食物の健康にお金を払いますか? 鶏、牛、豚、そして野菜(会員制農園12

 アニマル・ウェルフェアという言葉を初めて聞きました。日本語では動物福祉。人間が動物に対して痛みやストレスなどを極力抑えて育てる考え方です。欧州で先行しており、日本ではまだこれからの段階です。農林水産省は2017年11月、国際獣疫事務局(OIE)の勧告が各国で採択される動きを受けて、「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方」を出し、獣医師や畜産関係者らに理解するよう求めています。生産現場の現状はどうでしょうか。

欧州では先行して普及

 知るきっかけは市立図書館で開催した講座でした。獣医学を専門とする大学教授が「人間は家畜とどのように付き合っていくのか」をテーマに授業を開き、受講しました。日本や海外の畜産事情を詳しく説明し、その最後にアニマルウェルフェアが登場したのです。

 布石は授業の冒頭にありました。スーパーの特売チラシをスライドに映し出し、「お客さんを集める目玉は肉の価格の安さ。みなさんの注意も他のスーパーと比べて安いかどうかに集まります」。獣医学の専門家がスーパーの特売チラシを示した意図を全く理解ぜず、日本の畜産事情、乳牛、肉牛、豚、鶏の現状の説明を受けます。

 チラシに掲載される価格を実現するため、畜産の現場が生産効率を上げるどのように努力を続けているのかを統計数字を示しながら、素人の私にもわかるように教えてくれます。確かに肉の価格は年末などの季節やコロナ禍などで影響を受けていますが、牛乳やたまごの価格は大きな変動が現れません。

 身近な食品だけに、メーカーもスーパーも値上げを極力回避します。日本の畜産は飼料の大半を輸入に頼っているのですが、最近の飼料高騰にもかかわらず生乳価格はさほど上がっておらず、多くの畜産家は利益が望めないのが実情です。

卵が物価の優等生の理由は

 例えばたまごの価格はこの数十年、ほとんど変わりません。「物価の優等生」という呼称もありますが、諸物価が上昇しているのですから、価格を維持する生産現場の経営努力は素晴らしいとしかいえません。牛乳も多くミルクが採れる乳牛の育成方法が普及し、最高で1日に70リットル以上も採れる牛がいるそうです。しかし、それは当然、鶏も牛も高カロリーの飼料を与えられ、狭い場所に押し込まれて、ひたすら卵を生み続ける、あるいは牛から大量に搾乳できる生産方法があるからです。

こちらの畜産家は北海道でもトップクラス。放牧の草にも心を

ブロイラーという言葉はどう響くでしょうか。向こうが見えないぐらい長い鶏舎にずらりとニワトリが身動きできない狭いゲージの中で餌を食べている風景を思い浮かぶはずです。実際の現場はケース・バイ・ケースでしょうが、決して健康的なイメージは思い描きません。牛もそうです。牛舎もさまざまですが、床などの掃除や牛の手入れでその畜産家の努力がわかると言います。「物価の優等生」を維持するには、鶏など大きなストレスを与え続けている事実を忘れていけないと教授は強調します。

パック500円を買うかどうか

 にわとりや牛にとって理想は放牧です。国土が広大なオーストラリア、日本でも北海道東部などでは放牧を見ることができます。鶏をニュージーランドで野放しにして育てている畜産家を取材したことがあります。卵の生産性は下がりますが、卵の品質は他を寄せ付けないと胸を張ります。「この卵は5個いっぺんに飲んでごらん。鮮度の素晴らしいがわかるから」。試してみろと10個くれました。その畜産家は生産した卵をニュージーランドから米サンフランシスコに空輸して高級品として販売していました。

 鶏は元気いっぱい。歩み寄ってそばによると、うわっと集まり、「出ていけ」とばかりに足を突きまくります。ブロイラーのように育てている鶏舎しか見たことがなっただけに、新鮮でした。ちなみにたまごはホテルに戻ってから5個をコップに入れて飲んでみました。うまかったです。

 ニュージラーンドに限らず欧州ではアニマルフェルフェアの考え方は広まっており、価格が高くても購入する消費者は着実に増えているそうです。講座の教授に日本ではどうでしょうかと尋ねたら、「パック500円で買う人が何人いますかね」と苦笑します。講座の冒頭に特売チラシを示したのも、家畜の健康は大事と考える人が多いけれど、価格が高くなるのは勘弁と思う自分に気づいて欲しいと考えたからのようです。

家畜の健康に目を覆うのは家族の健康にも

 家畜の健康だけではありません。有機野菜の人気の高まりは野菜が生き生き育っているかどうかを期待しているからです。価格が高くても、家族の健康にもプラスになるからと購入する人が増えています。しかし、市民農園などをみていると、採ったばかりの野菜や葉を見た目が悪いからなどの理由で捨ててしまう人を見かけます。

 家に持ち帰って調理すれば、美味しい野菜を割安に食べれるじゃないと思うのですが、どうもそうでもないようです。家畜を育てるのはなかなかできませんが、家庭菜園などは身近にアニマルウェルフェアを理解できるチャンスです。せっかくの機会を捨てているようで、もったいないと思ってしまいます。

 アニマルウェルフェアは動物の健康を考えるとはいえ、実は食する人間に跳ね返ってきます。お金の問題になると目を覆ってしまう。それは家族の健康にも目を閉じることになるのです。

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