白峰村の栃餅と堅豆腐 金沢から2時間以上かけて食べに行きました
近所の公園を散歩していると、栃の実を見つけました。殻に包まれたままです。栃の実といえば硬いというイメージを持っていたのですが、手にした実を包む殻が柔かくてちょっと驚きました。グミをぐゅっと潰した感触に似ています。
肉厚の殻を少し楽しんだ後、殻を剥くと今度は予想通りに美しい栃の実が現れました。実の表面は茶色で、艶の良い輝きです。栗と同じですね。現物を見たのは初めてでした。栃の実から作る栃餅は大好きです。この美味しさを知ったのは金沢に住んでいた時でした。車で2〜3時間かけて走った白山の麓に広がる白峰村の皆さんに栃餅のおいしさを教えてもらいました。
白峰村には霊峰の白山の登山口がありますからご存知の方は多いと思います。金沢市から白峰村へ行く途中に鶴来町を通りますが、周辺には白山からの伏流水であるおいしい水、菊水を使って素晴らしい日本酒を醸造している酒蔵さんが多いです。2005年8月に「白山菊酒」というブランドを創設しています。参加する酒蔵さんは5社で、金谷酒造店(銘柄「高砂」)、菊姫合資会社(菊姫)、小堀酒造店(萬歳楽)、車多酒造(天狗舞)、吉田酒造店(手取川正宗)といずれも名酒として評価が定まったブランドを持っています。ちなみに今は白峰村も鶴来町も白山市と名前を変えています。
栃餅のきっかけは堅豆腐です。白山連峰に隣接する地域には堅豆腐という北陸ならではの郷土料理があることを知りました。豆腐を荒縄で十文字に縛ってぶら下げて歩く姿をテレビニュースで見て、「格好良いなあ」と魅せられたのです。石川県庁の観光課で聞いたら「堅豆腐は白峰村に行かなきゃ買えないよ」と言われたものですから、「じゃあ、行こう」と向かいました。白峰村の方にどこで売っているかを聞き、お店にたどり着いて念願の堅豆腐を見つけました。その横には餅が並んでいます。「栃餅もおいしいからどう?」と勧められ、その場で食べたら「うまい!」。
以来、堅豆腐と栃餅と聞いたら、すぐに「白峰村」がよみがえり、続いて「パブロフの犬」の生理現象そのものの反応として生唾がじわっと出てきます。金沢に住んでいた頃、衝動的に食べたくなる時がありまして、その時は栃餅と堅豆腐を買うために白峰村へ車で向かいました。不思議と遠いと感じたことはありません。帰りは同じ白山の裾野に広がる鶴来町に立ち寄って日本酒「萬歳楽」を買います。家に着いたら豆腐をそのまま刺身にして食べ、「萬歳楽」を飲み、「萬歳楽、萬歳楽」となるわけです。栃餅はほとんど買った直後に食べてしまいます。そのために車で2時間以上走るのですから。金沢に帰るまで我慢できません。残しても1、2個です。翌日への楽しみとして。写真は白峰村のものではありませんが、堅豆腐です。自立しています。大豆の味がしっかり感じられ、今も時々食べて飲んでいます。刻んだネギをのせて、そばつゆをかけて食べるのが私の好みです。鰹節もあり、です。
栃餅を食べるその場で「おいしい、おいしい」と感動していたら、お店の方が説明してくれました。「栃の実を食べられるようにするまでには手間がとてもかかるんだよ。こんな山の中だから、何でもなんとか食べようと工夫するんだから」と苦笑します。
調べてみたら、栃の実を食べるのは信じられない我慢が求められることがわかりました。見た目は栗に似ています。でも、栗のようにおいしく食べるまでには大変は忍耐力が求められます。木の実の中でもアクが大変強く、直接食べるのはとても無理だそうです。アク抜きをした後の栃の実はエグミをちょっと感じますが、餅に変身すると気にはなりません。弾力のある食感とほのかな甘さが醸し出され、草餅とはまた違って森を感じる食べ物になります。米のない時代や地域ではよく食べられ、健康への効果は大きいそうです。白山周辺の山間部では水田の開拓は難しく、そんなに稲作ができません。栃の実に時間と手間を掛けて餅に仕上げて甘味として楽しみ、夕食では日持ちの良い堅豆腐を食して大豆からタンパク質を得ていたのでしょうね。
ネット検索によると、栃の実には100グラムあたりの栄養素でカロリーは161キロカロリーカロリーでl、炭水化物、脂質、タンパク質、カリウム、銅、マンガンが多く含まれています。栃の実からとれる天然の生理活性物質は、シワの原因となるコラーゲンタンパク酵素の生成を抑えて肌のキメを整える作用があるといわれています。妻が「女性には評判が良いのよ」と教えくれました。
しかし、栃の実を食べるまでの調理工程を知ったら私にはとても無理。できません。こちらもネット検索で調べました。それによると、まず栃の実のあく抜きから始めるのですが、工程は以下の通りです。引用します。
- 虫を殺すために数日間水に漬ける
- 数日間天日干しで皮を乾かす
- 加熱し皮をむく
- 川などの流水に1週間ほど漬ける
- 木灰に熱湯を加えて、栃の実を加えて混ぜる
- そのまま保温状態で1日おく
- 水洗いして餅などに加工する
栃の実と同じように調理に日数と手間がかかる食物として「こんにゃく」が有名です。こんにゃくの原料となる芋にはシュウ酸カルシウムが含まれおり、日本では劇物指定されています。少しの量でも口にすると粘膜を刺激し強い痛みを感じるそうです。シュウ酸は里芋や山芋でもわずかに含んでいるので皮を剥くときに手にかゆみを感じるのは、この毒性によるものです。ですから、こんにゃく芋をそのまま食べるのは無理です。で、ここからの食べられるまでの調理工程が大変。ネット検索によると、布などで痒さを防ぎながら芋の皮を剥き、細かく切ってお湯を注ぎながら液状になるまで頑張ります。今度は弱火で焦げないようにかき混ぜ、貝がら焼成カルシウムを添加して混ぜます。固まったら、食べやすい大きさに切って熱湯で茹でます。
人類が初めてこんにゃく芋を食べた時、ひどい目に会ったと思ったはずです。しかし、そこでめげずに試行錯誤を何度も繰り返すわけですが、どんな添加物を入れたら食べられるのかを発見するまでどのくらいの時間が掛かったのでしょうか。しかもこんにゃくはカロリーが低いのです。手間暇かけた割には栄養分の補給としては効率が良いものではなかったはずです。それでも食べようという人間の食欲に改めて感動します。生きることは食べることだと目の前に突きつけられる否定しようのない事実でよね。
ある時、先輩の郷里である長野県のある町を訪れた時、「せっかく来たのだから食べてください」とご馳走になったのが自家製のこんにゃくでした。心底感謝の言葉のつもりで「こんなに手数がかかる食べ物をいただき、ありがとうございます。こんにゃくは人類が食べるためにとても苦労して調理した食べ物として有名です」とお礼したのですが、同席した友人から「さっきの言い方はないですよ」と叱られました。日本の社会では「こんなに手間を掛けて食べるなんて」と言っているように理解され、失礼にあたるそうです。日頃から日本人としての自覚が薄いだけに、言葉もグニャャグニャしているんでしょうね。
栃の実に戻ります。栃の実を家で育てたいとふと思い、翌日再び公園に行き、栃の木の周辺を歩きました。実が落ちていません。足元ばかりを見て歩いていましたら、秋の時期ですから銀杏をいくつも見つけました。「秋だなあ」と実感して顔を上げたら、10メートルぐらい先で女性が右手にビニール袋を下げており、透けて見える袋の中を見たら栃の実や銀杏が入っていました。その方は手慣れたものというか足慣れたもので、足を使いながら銀杏表面の柔らかい果肉を取り除き、中身の実だけを取り出します。銀杏も結構、手間がかかる実です。軽く炒めて塩をかけて食べたら、酒の肴に最高です。その女性は家に帰ったら、栃の実や銀杏を食べられるように手間を掛けて調理するのでしょう。「東京に住んでいてもやろうと思えば、栃餅を料理できるかあ〜」。おいしいものを食べるには、手間など気にならない食欲が必要であること、至極当たり前のことを自覚したしだいです。これからも下を見て歩かなきゃ。学ぶことがたくさん落ちているような気がします。