食糧危機 アボリジニ 「夢の時間」が時空を超えて蘇る 虫がうまい
世界的な食糧危機の懸念が広がっています。昨年から広がっていた農産物の高騰はロシアによるウクライナ侵攻で拍車がかかり、価格だけでなく量そのものの不足を招き、世界的な飢饉の可能性が高まっています。
地球の人口は78億人を超え、これからも増え続けるのは確実。なにしろ21世紀を迎えた2001年は62億人。わずか20年間だけで25%以上の16億人も増えました。農産物の品種改良や栽培技術の進歩があるとはいえ、地球の限られた自然から生み出す力には限りがあります。
そこへロシアのウクライナ侵攻。ロシアもウクライナも世界で上位の小麦など農産物の輸出国です。ともに国土が荒れ、産業インフラが崩壊すれば、食糧危機が起こるのは当然でしょう。
虫を食う
小麦など農産物が決定的に不足するなら、人間は新たに何を食べていけば良いのでしょう。その一つとして昆虫食が注目を集めています。日本でも蜂の子やイナゴを食べる習慣があります。昆虫食といっても、そんなに違和感を抱かないでしょう。
コオロギはどうでしょうか。すでにテレビなどよく紹介されているのでご存知の方は多いでしょう。流行に敏感な無印良品のサイトを見ると、「コオロギが地球を救う?」とのタイトルの下でいかに優れた食糧であるかが説明されています。
まずタンパク質は100グラムあたりで比べると牛・豚・にわとりの3倍もあります。餌の量はにわとりで70%弱、豚で30%ちょっと、牛では20%も少なくてすみます。無印良品を展開する良品計画は徳島大学と組んで「コオロギせんぺい」「コオロギチョコ」を商品化しています。無印良品とは別にテレビ番組でこおろぎで出汁をとったラーメンも見たことあります。
昆虫は良質なタンパク源であると言われ続けており、学生時代のころに「ゴキブリはタンパク質の塊」と聞き、なるほどと思っていたものです。北海道など北国で育ったので、ゴキブリは上京して初めて拝見しました。汚いとか気持ち悪いとはの感情は全くありません。といっても自分自身のソウルフードである塩鮭などが食べられなくなったら、考えようかという程度です。
「エイ、ヤッ」と勇気を持って食べたのが「イモムシ」。オーストラリアの先住民アボリジニの人々を取材していた時でした。観光客向けツアーを一度は体験しようと考え、欧米が主力の外国人旅行客に交じってオーストラリア中央部に広がる砂漠地帯を移動します。峡谷を登ったり、先住民の聖地を訪ねたり。アボリジニの日常生活を横から眺める設定もあります。
足るを知る
食事も体験ツアーの一環です。アボリジニの人々は季節に合わせて移動して生活します。「ドリーミング」あるいは「ドリームタイム」と呼ばれる伝承があり、絵や岩などに描かれています。アボリジニアートは世界的にも有名ですが、書かれているのは泉や食糧の場所など。いわば生活するための地図。そこに記された場所に向かい。先祖からの伝承に従って移動しています。
その伝承に従ってアボリジニのガイドに引率されて食事場に向かいます。「ここにはハニーアンツがいるよ」。お尻の先が丸い風船のように膨らんだ蟻を差し出し、蜜を食べてごらんと渡してくれました。蟻は全然大丈夫。本当に蜜の味だ。うまい。
いよいよイモムシの番です。まさか生で食べるわけはないと考えていましたが、もし生だったら絶対に断ろうと決めていました。
ガイドさんは竹のような木を割り、幹の空洞にいるイモムシを取り出します。思ったよりも小さい。人差し指大かな。この作業を繰り返してイモムシをそれなりの数を揃えると、焚き火の中に放り込み、蒸し焼きにします。
豚や牛を薪の中に放り込みBBQを楽しむ感じです。蒸し焼きにされたイモムシはどんどん膨張していきます。映画モスラが東京タワーの張り付いて羽化する場面を思い出します。人差し指大のイモムシは親指大を超え、北海道のお菓子「わかさいも」のようになっています。 ガイドさんはイモムシを一つ掴み、おもむろに白い肉の部分をはぎ取ります。胴体の内部から卵の黄身とそっくりな塊が見えてきました。取り出して、周囲を好奇の目で見た観光客に食べてごらんと差し出すのですが、みんな尻込みます。せっかく取材を兼ねてツアーに参加したのですから、ハイと手を上げて受け取り、恐々と口を開けて放り込みました。味は卵の黄身と同じ。
「うまいじゃない」。おいしいよと親指を立てて周りにサインを送ったら、次々と試食が始まりました。
オーストラリア中央部の砂漠地帯をクルマや小型飛行機を使ってアボリジニの集落を訪ねます。誤解を避けるために説明しますが、小型飛行機といっても広大なオーストラリアではタクシーと同じ感覚です。乗客の数が揃ったら、飛んでくれます。料金は高いですが、四方を見渡せばすべて地平線が見える、果てしない砂漠を移動するためには使わざるえない時もあります。
ようやくたどり着いた集落を歩き回っても誰もいないことがあります。地元のレンジャーさんに聞くと、祖先から伝わるドリーミングに従って移動し、食事をしているそうです。「今はどこに居るの?」と聞いても、「わからない」と笑い返すだけでした。砂漠といってもすべてが砂ではありません。
オーストラリア中央部の砂漠地帯
自然に合わせて生活する
林や草地、泉があちこちにあります。「あそこの泉に行けば、水と食べ物がある」とアボリジニの人々はわかっているのです。彼らは昼間、木陰で休んでいることが多いのですが、オーストラリア人の多くは「働かずに怠けている」と映ります。日本人もそうでしょうね。アルコールに弱い体質なので、すぐ酔ってしまうためか、「乱暴で喧嘩する」という悪評も付き纏います。
しかし、アボリジニに詳しいレンジャーや研究者は「気温が高い昼間、移動すれば体力を消耗し、食料を余計集めなければいけない」と教えてくれます。足るを知る。無駄なエネルギーは消耗しない。そんなイメージのようです。日本人もコロナ禍によるリモートワークで実感した人は多いはず。
食品ロスや自給率の低さの原因は今のライフスタイルから?
アボリジニの常識は今の日本になかなか通用しないことはわかります。
しかし、SDGsなどで食品ロスや自給率の低さがよく話題になりますが、日本で捨てられている食料はどれほどあるのか。物価の優等生といわれた卵が資料の高騰などで手に入らなくなったら、イモムシの黄身を食べられるでしょうか。アボリジニのドーリムタイムを先住民の言い伝えと遠目に眺めていましたが、実は現代社会に蘇り、私たちの日常生活をどう見直すべきなのか、警鐘を鳴らしているような気がします。