欧州・太平洋の空白を塗りつぶす「漆黒」の安全保障 豪州で17カ国が軍事演習
軍事演習の名称は「Pitch Black」。漆黒を意味する言葉ですが、単語に込められた本意をどう理解すれば良いでしょうか。
演習名は「Pitch Black」
オーストラリアが主導した戦闘機による軍事演習が8月19日から始まりました。同国北部の北部準州(ノーザンテリトリー)を中心に展開され、17カ国が参加。多国籍軍を構成する形式で戦闘機同士の連携、空中給油、作戦指令のコミュニケーションなどを9月8日まで演習します。オーストラリアはこれまでも定期的に米国やアジア各国と多国籍軍による演習を実施していますが、今回の演習には日本の航空自衛隊、ドイツ、韓国の空軍が初めて参加。アジア太平洋のみならず、欧州との連携拡充をアピールする形になります。
軍事演習の詳細は次のアドレスから参照できます。動画も付いています。言語は英語です。
https://www.airforce.gov.au/exercises/pitch-black-2022
演習の仮想敵国はもちろん特定しませんが、仮想敵国の向こうに見えるのは中国です。南シナ海はじめ台湾などアジア太平洋で軍事圧力を誇示しており、ロシアによるウクライナ侵攻で一段と警戒する空気が高まっています。演習に参加する17カ国を見てみます。主導するオーストラリアと米国はじめ英国、カナダ、フランス、ドイツ、インドネシア、インド、日本、マレーシア、オランダ、ニュージーランド、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、UAE。ドイツの参加で欧州の主要軍事力が揃い、アジアも日本と韓国が加わって東シナ海から南シナ海までの構えが整います。参加する兵士は2500人、100機の戦闘機が同じ司令のもとに作戦展開します。日本の航空自衛隊は150人、F2が6機、ドイツはユーロファイター6機、空中給油機、輸送機など13機それぞれ派遣しました。
日本、ドイツ、韓国は演習に初めて参加
現地取材に行きたいのですが、残念ながら叶いません。オーストラリア軍のホームページによると、演習全体を通した作戦展開はなく、夜間飛行も含めてそれぞれ独立した作戦に従って各国軍との意思疎通、作戦を安全に実行するのが目的だそうです。ただ、これは建前。オーストラリア空軍司令官は戦闘機による攻撃に対する防衛作戦と説明しており、現場指揮官はより実践的なイメージを持って3週間、24時間行動します。
かつてオーストラリア軍が主導する多国籍軍による演習に参加した経験を踏まえ、軍事演習を俯瞰してみます。演習地域の北部準州は、ロシア・モスクワから英国までの欧州大陸とほぼ同じ広さです。私が参加した軍事演習は陸上主体の作戦展開に空挺部隊も加わっていました。当時の司令官は「第二次世界大戦時にドイツが英仏、ソ連の二正面作戦を展開した地域で、どう多国籍軍が実際に作戦展開できるのかを試す」と説明していました。2022年の軍事演習は戦闘機による攻撃を想定しているとはいえ、空軍が主体ですから仮想敵国による陸海空の作戦展開を設定してミサイル攻撃、戦車など重装備の部隊、戦闘機同士の空対空、空中での補給作戦など多面的な防衛戦を試すはずです。
演習の地域は欧州大陸とほぼ同じ広さ
今回の演習が注目に値するのは日本とドイツが初めて参加したことです。オーストラリアは日本憲法の下で行動する自衛隊については熟知しています。これまでオーストラリアと米国が主体になりながら、日本の自衛隊との接点を増やしてきました。今回の演習で戦闘能力が高い日本の航空自衛隊とドイツ空軍が初めて参加し、多国籍軍の一員として作戦行動することで、陸海空で作戦展開できることを対外的に示します。これまで以上に欧州とアジアの連携強化を訴えることができます。
ドイツの外交関係者は、今回の演習を通じて中国に対して誤ったメッセージを流していけないとしながらも、24時間以内にシンガポールまでに戦闘機などを送り込み、オーストラリア北部にすぐに派遣することができたことを強調しています。南シナ海などの領海問題を想定した過去の演習では、オーストラリア、米国を主体にアジア、太平洋各国で多国籍軍を構成してきました。最近、日本の自衛隊が英国やフランスと連携し始めていますが、英国やフランスはすでにオーストラリアの軍事演習で実績を積んでいます。インドも参加していることから分かる通り、インド洋、太平洋で万が一有事が発生した場合は、欧州の主力軍隊が即応する姿勢がより明確になっています。
もし欧州で有事の場合は、逆もあるのか
ふと、逆も想定しなければいけないのではと思いつきました。欧州がアジア太平洋、インド洋の有事に参じるなら、欧州の有事の際はどうなるのか。オーストラリアはすでに第一次世界大戦、第二次世界大戦に出兵しており、中東地域の紛争でも派遣しています。英国やフランスは中国の台湾侵攻も念頭において日本の自衛隊との連携を強化していますが、欧州で万万が一のことが起こった時はどうなるのでしょうか。今回の演習「PitchBlack」が欧州大陸とほぼ同じ広さで作戦展開することが、実は中国以外の有事も想定しているとしたら恐ろしいです。
これまであり得ないと思い込んでいたロシアによるウクライナ侵攻がありました。いつかはと頭の隅にはあった中国による台湾侵攻が至る所で語られるようになりました。PitchBlackを意味する漆黒は欧州とアジア太平洋の間にあると思われた安全保障の空白を黒く塗りつぶすとともに、あり得ないと想定した事態も消し去ることも意味しているのでしょうか。荒唐無稽な思いつきであって欲しいです。