円安は国内回帰を招くか② 自動車が消えたら、日本で学ぶものは何?
日本経済でこれから始まる象徴的な”事件”が7月末にありました。ガソリンエンジン部品のピストンリング2位のリケンと3位の日本ピストンリングが来年2023年をめどに経営統合することで基本合意したと発表したのです。
名門ピストンリング2社が経営統合
両社はともに自動車部品の名門。リケンは1927年、理化学研究所で生まれた技術をもとにスピンアウトして創業。日本ピストンリングも1931年の創業です。ピストンリングは一見、鋳造品のリングにしか見えませんが、エンジンの原動力を生み出すピストンに組み込む重要な部品です。
実は、リケンと日本ピストンリングは産業取材の辞令を受けて自動車部品の担当者記者として初めて取材した会社です。「こんな小さなリングに差異があるのか」。とても失礼で勘違いな先入観を持っていたのですが、取材を通じて素材開発や高度な生産技術の結晶であることがわかりました。日本の自動車産業の強さは、こうした小さな部品の積み重ねの結果であることを思い知らされたのです。
自動車部品メーカーはまさに「100年に1度の変革期」の大波に襲われています。日本の自動車産業は基幹産業として経済成長のエンジンとして大きな存在感を放ち、トヨタや日産など世界企業を輩出しましたが、その強さを支えていたのは自動車部品メーカーです。
日本の強さをリードするのは誰か
しかし、その強さと存在感は急速に萎んでいます。気候変動の主因となるCO2の排出量を削減するため、内燃機関ガソリンエンジン車に代わって電気自動車が主役の座に占める日が迫っているからです。エンジンが消えれば、リケン、日本ピストンリングの主力事業であるピストンリングは納入先を失います。当然、ピストンリングに限る”事件”ではありません。エンジン関連や駆動系の部品すべてに当てはまります。
見落としてはいけないのは、自動車産業が電気自動車への移行にギアチェンジできていないことです。基幹産業を抱える重責もあってエンジンを簡単に捨てることができません。電気自動車の開発、生産、販売いずれも欧米や中国、韓国に差を広げられる恐れが出ています。
円安による恩恵として輸出競争力の回復がいわれます。しかし、誰も日本製の自動車輸出が増えるとは予想しないでしょう。欧米や中国など主要輸出先は電気自動車がシェアを高めており、増えたとしてもアジアやアフリカなど隙間として残るエンジン車の市場シェアを奪うしかありません。
日本経済の強さを支えている自動車産業が崩壊し始めた今、自動車に代わる産業は何でしょうか。円安を機に国内生産を回帰し、その恩恵をフルに経営に貢献させる産業や企業が思いつきません。
日本を代表するディスラプターであるソフトバンク。創業者の孫正義氏は、誰もが舌を巻く投資先を見極める慧眼でサウジアラビアやトランプ前大統領を魅了しましたが、今は巨額の損失に懲りて、もう決算会見には登場しないと言っています。かつて自動車と並んだ電機はどうでしょう?ソニーは息を吹き返しましたが、パナソニックは普通の家電メーカーに過ぎません。
製造業なら何でも品揃えができた総合電機の御三家、日立製作所、東芝、三菱電機は?説明不要でしょう。世界をリードした鉄鋼、化学など重工業は存続に精一杯。
日本の魅力は不動産だけ?
海外から日本を眺めた時、円安だから工場など重要な拠点を移管する気持ちが湧くでしょうか。まして日本の未来を危ぶむ国内企業がより成長力が期待できる海外から日本国内へ回帰するのか。
日本の強さは製造業だけではありません。ノーベル賞の受賞者数を見てればわかるように優秀な頭脳や高度な教育レベルが日本を世界でも頭抜けた存在に引き上げました。しかし、博士号を取得する学生は先進国で唯一減少し、論文引用など学会での注目率も低下しています。頭脳や人材力が劣れば、日本の底力と未来はさらに見通せなくなります。
日本に腰を据えて製造業の開発・生産、あるいは新産業を生み出すアイデアや人材を学ぶ誘引力が見当たりません。魅力を感じるのは不動産でしょうか。社会のみならず地政学的にも安全とみられる日本は、海外からの不動産投資が殺到しています。円安で割安になっているだけに、不動産投資は一気に急増するはずです。これも国内回帰のひとつですが・・・。