円安で国内回帰が始まるか① 令和に昭和の蜃気楼を見ても・・・
2022年10月のドル円安相場は久しぶりにスリリングでした。
年明けを110円台で迎え、予想通り円安は進行して4月末に20年ぶりの130円台に到達。9月は24年ぶりの140円台、10月は32年ぶりの150円台に。歴史的な円安の進行を表現する◯年ぶりは、まるで偶数年の掛け算を繰り返したように数字が膨らみます。このまま一気に円安が底割れするわけがないと予想していましたが、11月上旬に入って130円台に一時的に戻るなど売買材料に合わせて振幅が広がっています。
為替トレーダーなど金融機関は、為替が動いてくれなければビジネスになりません。当面は上がったり下がったりが続くのでしょう。今は急速な円安がもたらす衝撃を冷静に見つめる時期です。
国内生産の回帰、それはNO!
円安のメリット、デメリットについて論議が広がっています。ちょうど2023年度3月期の中間決算発表がピークを越えた時期ですから、企業業績にプラスなのかマナイスが関心が集まるのは当然です。円安水準がちょうど1980年代に戻った印象もあってか、当時の円高進行などで海外に移転した生産拠点が日本国内に回帰するのではないかという観測も目にします。
そこで「国内回帰」について考えてみました。1980年代の超円高時代に自動車、電機などの海外進出を取材した経験をもとに大胆に展望します。
結論はNO!海外に移転した生産拠点はほとんど戻ってきません。なぜか?今回も含めて何回かに分けて説明します。
まず日本に戻ってどんなメリットがあるのか。日本経済の成長カーブを思い描いてください。経済成長率も賃金も「チカラ」を感じません。1990年代からずうっ〜と横這い。一時的な上昇期もありましたが、結局は他の先進国の背中は遠のくばかり。円安で一転、2023年から明るい未来が期待できるかといえば、多くの人は首をひねるでしょう。
企業が内部留保を膨らまして守りの姿勢を崩さないのも、日本経済に対する不安を表しています。設備投資、賃金も増えるわけないのです。この”悪循環”が足かせとなって、国内への投資を呼び戻すチカラを奪ってしまっています。
全体の風景にばかり目を奪われてもいけないので、個別にみてみます。
優秀な人材を採用できるか
一応、仮説を考える状況を確認します。円安で製造業などの国際競争力が急速に回復、企業が海外の生産拠点を閉鎖して日本国内に新設した方が長期的にプラスと判断した場合を想定します。生産品目は高付加価値製品。いくら円安が進んだとしても、単価の低い製品分野でアジアやアフリカなどの発展途上国の人件費より優位になると思えないからです。
世界の製造業は国際的な部品調達網、いわゆるバリューチェーンを前提に成立しており、図面上なら作ろうと思えばどこでも生産できます。為替レートでコスト面の比較優位を獲得したとしても、日本ならではの技術力と経験を注入できなければ生産地として選ぶに値しません。
大学・企業の育成の仕組みが崩壊
日本の強さを発揮するカギは、優秀な技術と経験を持つ人材を採用できるかどうか。残念ながら、かなり難しい。少子高齢化の長期トレンドを反映して熟練したベテランはまだ豊富にいますが、若手の技術・技能者は争奪戦になります。
しかも、優秀な研究者、技術者、技能者を育てる仕組みが崩壊し始めています。大学など教育機関と企業が一体となって育てていくのが理想ですが、日本は博士号を取得しても就職先が見つからない”ポスドク”問題が深刻化しており、日本は博士号を取得する学生が先進国で唯一減少している国だそうです。企業も最先端分野の研究投資を抑制しているため、日本国内の研究・技術に関する人的資産はかなり低下しています。
それでは海外の優秀な研究者、技術者を日本へスカウトできるか。円安で手取り収入は低下していますし、といってかなり高額なスカウト費用を投じて採用するのは、それなりのリスクを負います。
技能者の確保も難しい
技能者の採用状況も変わりません。すでに多くの生産現場で人手不足が恒常化しており、改善する兆しはありません。ついこの間まで海外の技能研修生がこぞって日本に向かっていまいたが、円安による手取り収入の目減りで期待できないでしょう。日本国内に新しい生産拠点を設けても、人材の確保に四苦八苦するのでは経営計画が頓挫するのが見えています。
円安によって1980年代の昭和の風景が再び、蜃気楼に目の前に現れている。それを現実と勘違いしてはいけません。令和の現実を直視しましょう。