会員制農園⑧ エコは安全と危険が隣り合わせ 取捨選択を学ぶ
八月中旬を迎え、3月の種播きから始まった春夏野菜は収穫の終わりが近づいてきました。じゃがいも、とうもろこし、きゅうり、インゲン、バジリコと大葉(青じそ)はすでに終わり、パプリカ、ピーマン、万願寺とうがらしもあと1週間ぐらい。残るナスとトマトも8月末を待たずに撤収します。一方で撤収しされて整地された畝では、人参の種播きを終え、9月から秋冬野菜の栽培が始まります。
春夏野菜の収穫ももう終わりへ
会員制農園に参加して8年ほどになりますが、野菜の生育の違いに毎年驚かされます。ぐんぐん育つ年もあれば、翌年は元気がなく心配したまま栽培を終える時もあります。今年はじゃがいもが当たりました。「きたあかり」と「インカのめざめ」、どちらも味が濃くおいしい。きたあかりは粒も大きく、ホクホク感を楽しみながら食べられました。パプリカも健闘してくれました。いつもならピーマンの勢いに押される感じでゆっくりと育って赤みを増すのですが、今年はピーマンよりも育ちが早く、キラキラ輝く赤い油絵具で塗られたような、大きな実をたくさん収穫できました。炙っても炒めても、甘くて美味しい。大満足。
毎年、天候、病気、虫に左右されます
残念だったのは大葉でした。苗木が育った頃から葉の広がりが遅く、生育時にアブラムシなどに襲われたようです。大きな「大葉」はいろんな料理や調味料として多用できます。今回は励まし励まし育てましたが、ちょっと物足りなかった。万願寺とうがらしも、いつもの爆発力がありません。とうがらしのような実には育ってくれるのですが、ピーク時には「これだけ実ったぞ。全部食えるものなら、食ってみろ」というぐらい人差し指を軽く上回る大きさで数多くぶら下がってくれるのに残念。軽く炙ると皮と種から甘みが滲み出てきて、これで日本酒を飲むと最高です。
つくづく野菜の栽培は天候に左右されると痛感します。猛暑と強い太陽光線にさらされると、野菜も熱中症になるのがわかります。ピーマンやナスが「もう暑い」と顔色を変えています。疲れ気味の野菜がなんとか大きくした実を収穫して食べる人間は残酷かなとふと思います。だから、念入りに全部食べなきゃ申し訳ないと考えています。
天候や虫も自然です。ビニールハウスや屋内工場で水や肥料で管理して野菜栽培する製法も当たり前になってきましたが、会員制農園は天候や虫に思い切り左右されます。それがスーパーなどで野菜を選んで購入する日常から得られない経験を教えてくれます。
例えば虫食いや天候の影響で野菜が傷んだ場合。大葉のアブラムシ以外にも、きゅうりやナス、トマトでも虫に食われ、穴が空いたりします。猛暑と大雨が繰り返されると、トマトは乾燥で不足した水分がいつも以上に吸い取るため、実の皮表面が膨らみ、割れします。専門用語で「裂果」と呼ぶそうです。 裂果は割れ目が白く劣化するため、見た目が良くありません。果汁が滲み出て果肉も直に見えます。店頭で見かけることはないでしょう。
これが虫の被害なの?と気にならないものもあります。キリで果実に穴を空けたように見え、一見傷づいた印象はありません。でも、果実の中まで深掘りされている場合がほとんど。虫の種類にもよるのでしょうが、見た目だけでなく果肉の中に毒性があるかどうか不安になります。虫が潜んでいるかもしれない。愛らしくて大好きなテントウムシもナスを傷めます。ナスの葉にいるテントウムシを見つけても、取り除くことができないのは農業のアマチュアの証拠です。
収穫のピーク時には捨てられる野菜が増えます
だからなのでしょうか、収穫がピークに近づくと、あちこちで廃棄されるトマトやナス、ピーマンなどをみかけます。果肉が裂果したもの、虫食いで穴が空いたもの、あるいは猛暑と大雨で表面の色が灰色や黄土色に染まったもの。さまざまです。きゅうりでも同じことがありました。畑から2,3日足が遠のいていると、成長が早いきゅうりは長うりのように大きくなります。いつもなら目にすることがない野菜が畑でぶら下がっていたら、不安を覚えるのでしょう。
会員制農園の収穫体験がブームのようです。テレビや新聞などでよく取り上げらています。私が参加する農園の農家さんも休日は忙しいようです。コロナ禍で外出できなかった反動もあるのでしょうが、子供に自然を体感してもらい、その自然の味を知り、本当のおいしさを覚えて欲しいと考えている人が増えている証拠です。
地球環境に対する意識がESGやSDGsという合言葉で語られ、身近になっています。会員制農園や収穫体験が人気を集めているのもその一例です。ただ、野菜栽培のアマチュアにとって、安全安心に食べられるのは店頭で並ぶ野菜と同じ姿形をしたものです。著しい裂果や虫食いは避けたいと思うのは不思議ではありません。万が一、病気や害虫などの毒性で体調を崩してしまったら、元も子もありません。
安全と危険を見極める目がなければ、ESGやSDGsは遠い目標
しかし、もし安全に食べられるものもゴミとして捨てられていたのなら、ESGやSDGsが掲げる目標から大きく外れます。地球環境を楽しみ、自然を愛する「エコ社会」を楽しむためには、実は何が安全で何が害なのかを見分ける目と知識が必要です。それは教科書など座学だけで覚えることはできません。実物を手にして見分け、原因を知る努力も後から求められてきます。
会員制農園はのんびり自然を体感する時間を楽しめますがが、安全と危険を見極める体験の連続です。見た目が悪くても、とてもおいしい果肉を味わった時の意外感は結構、楽しい時間です。エコ社会とは、生き残るために体得しなければいけないことは何かを知る社会でもあるのでしょう。野菜も天気、病気、虫と闘う生存競争に耐えています。人間のエコ社会も生存競争するのは当たり前なのでしょう。