トヨタ 相次ぐ不正でも最高益の不思議 強さの原点・昭和25年へ回帰する時かも

 かつて、トヨタ自動車にはたとえ社長でも侵すことができない領域がありました。「経理」。開発・生産・販売で世界最強のトヨタ。その強さは「トヨタ銀行」の異名を冠するほど盤石な財務が支え、築き上げてきました。トヨタの経営を眺めていると、経理は最強トヨタの黒子というよりは主役だったのかもしれません。

トヨタの主役は無借金経営を創り出した経理

 なぜ経理が不可侵なのか。その理由を知るうえで絶対に見落とせない年があります。1950年(昭和25年)です。戦後の経済混乱を収束するため、1949年2月に始まったドッジラインで日本は不況に直面、トヨタも経営が大幅に悪化。1950年に入ってもトヨタの赤字は止まらず、工場閉鎖や人員削減などを巡って労使が激しく対立する窮地に追い込まれます。

 労使とも存続をかけて一敗地にまみれます。当時の豊田喜一郎社長ら経営陣は退陣。全社員の4分の1に相当する従業員も退職しました。新たな社長として就任したのが、親会社の豊田自動織機製作所の石田退三社長。トヨタの組織を生産会社と販売会社に分離する大手術を断行する一方、銀行や鉄鋼などに支援を求めました。

 日本の産業史に石田退三の名を残す「トヨタの無借金経営」の始まりです。単なるケチではありません。投資は躊躇しません。クラウン、コロナ、パブリカなど大ヒットとなる新車を次々と開発し、売り上げは急回復します。生産は工程を全面的に見直し、「無駄・無理・ムラ」を徹底して取り除きます。トヨタの代名詞となる「カンバン方式」を生み出す源です。その資金力は、メインバンクの三井銀行をしのぐともいわれました。

最強トヨタの始まりは昭和25年から

 無借金経営への覚悟を表す逸話があります。昭和25年に経営支援を求めたにもかかわらず、支援を断った銀行や鉄鋼など取引先は経営回復後も断絶状態を継続します。例えば住友銀行に対して、トヨタのメインバンクの三井銀行と合併するまで口座すら開設しませんでした。川崎製鉄も日本鋼管と合併して、JFEとなってから再開です。いずれも50年の歳月が過ぎています。トヨタのある副会長は「昭和25年の苦境は絶対に忘れない。あの年から今のトヨタを始まり、未来のトヨタを創り出す」と断言していました。

 改めて振り返ると、最強トヨタの経営は、創業家以外の人材で築き上げたきたのがわかります。石田退三さんに続く中川不器男社長は「カローラ」など国内市場を握るヒットを飛ばし、シェアトップの座を固めます。豊田佐吉の甥、豊田英二さんは創業家出身の経営者として特筆に値する名経営者でしたが、世界一のトヨタへ飛翔させたのは奥田碩さん、張富士夫さん、渡辺捷昭さんらでしょう。

 経理出身の大番頭も見逃すわけにはいきません。花井正八、辻源太郎の両氏は会長、副会長を務め上げましたが、取材でお会いすると緊張感のある質疑応答が続き、いつも冷や汗をかいてしまいました。トヨタの強さは優秀で経験豊富な人材が熱い思いと執念を持って創造されてきたのだと改めて痛感します。ちなみに社長、会長を務めた奥田碩さんも経理育ち。現在の豊田章男さんも新人の頃は経理を経験しています。

グループ企業が不正相次ぐも純利益は4兆5000億円

 トヨタは2月6日、2024年3月期の連結純利益見通しを発表しました。前期比84%増の4兆50000億円と見込んでいます。従来予想から5500億円の上方修正。値上げや生産台数の増加、円安が寄与したそうです。ちなみに売上高は17%増の43兆5000億円。営業利益は80%増の4兆90000億円でした。

 トヨタグループはここ数年、エンジンや安全性などで不正認証が続き、日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機は生産停止に追い込まれ、デンソーは世界的な大規模リコールに見舞われています。不正を引き起こしたトヨタのグループ企業はそれぞれ日本でもトップクラスの企業規模ですから、不正に伴う生産停止や補償などが直接に親会社のトヨタに及ぶとは思いませんが、数字上は無傷のようです。

石田退三さんは手放しで喜ぶか

 「トヨタ銀行」は自社の将来の強さを創造する源として大番頭として経理役員が睨みを効かせ、収益を生み出してきました。しかし、現在のトヨタを見ていると、収益を生み出すことが最優先され、積み上げられた巨額の利益がトヨタやトヨタグループの強さに向かっているのか疑問を抱きます。むしろ、置いてきぼりにされている印象です。本末転倒ではないでしょうか。石田退三さん、花井正八さんや辻源太郎さんが2024年3月期決算予想を見たら、どんな感想を抱くのか。純利益4兆円突破を手放しで喜ぶとはとても思えません。

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