原発再起動 急転換するEUの背中を日本は追えるか

 EUが明確な舵を切りました。

 欧州議会は2022年7月6日の本会議で、原子力と天然ガスによる発電を持続可能な経済活動として承認しました。EUは1月、持続可能な経済活動かどうかを分類する「タクソノミー」に天然ガスと原子力発電を含める新たな規則案をまとめましたが、天然ガスや原発は「グリーン」に相応しくないとしてEU加盟国やEUの委員会の一部が反対を表明していました。欧州議会の本会議ではEUの規則案に反対する決議案が提出されたものの、多数決で否決。2023年1月から規則案は適用され、原子力発電の新増設が動き出すかもしれません

EUは足並みが乱れても、原発新増設へ

 原子力を巡るEU内の足並みはこれまでも揃っていたわけではありません。原子力発電を産業政策の柱に掲げ、依存度が高いフランスはじめフィンランドなど北欧が推進を唱える一方、原発廃止を国是とするドイツやスペイン、オーストリアは水力や風量など再生可能エネルギーに注力。石炭火力に依存する東欧諸国はカーボンニュートラル の加速そのものに難色を示していました。

 EU全体としては2050年までにCO2の排出量と削減量を差し引きゼロとするカーボンニュートラルを掲げています。フランス、ドイツ、北欧、東欧などそれぞれのエネルギー事情にばらつきがあるとはいえ、 脱炭素、温室効果ガスの削減を急ぐためには、石炭火力に代わるエネルギー源の確保が急務です。原発は安全性、天然ガスは石炭より少ないとはいえCO2を大量に排出するといった異論があったとしても、気候変動の緩和に貢献できるのは事実。いずれにしても石炭や石油に代わるエネルギーを調達しなければ自国経済や日常生活は成り立たないという本音は無視できません。

 2月にカーボンニュートラルへの波乱要因が加わります。ロシアによるウクライナ侵攻。原発や石炭火力に代わるエネルギー源として期待していた天然ガスはロシア産に頼っています。とりわけドイツや東欧はロシア産天然ガスに大きく依存しています。ロシアの経済制裁の一環としてロシア産天然ガス・石油を禁輸すると決めても即断行できる余裕は見当たりません。むしろロシアが揺さぶりとして供給を停止する状況です。

EUの歴史は各国の利害衝突を解決、あるいは先延ばししながら、総論賛成を引き出して一歩前進する繰り返しです。今回の原発容認はかなりの決断だと見るべきです。欧州には旧ソ連時代のチェルノブイル(旧名)原子力発電事故の恐怖がまだ生々しく残っています。その恐怖は2022年に入ってロシアによるウクライナ侵攻で目の当たりにした原発攻撃で再現されました。原発事故・攻撃の恐怖を乗り越えるほどエネルギー問題で切羽詰まっているのでしょう。

IEAは原子力投資を3倍にする必要があると提言

 EUが再び原発に舵を切りました。エネルギーコストは割が合うのでしょうか。注目したい国際エネルギー機関(IEA)の報告書があります。6月30日に公表した原子力の役割を分析した報告書によると、2050年までにカーボンニュートラル を達成する目標は「原子力なしでは困難」と明記し、達成するには原発投資は現在の3倍超にのぼると試算しています。年間800億〜1000億ドルの投資を維持しなければいけないと結論付けています。

 見落とせないのはコストの指摘です。IEAの報告書は先進国で1キロワット当たりの建設コストは9000ドル。他のエネルギーとのコスト競争力を考えると、2030年までに5000ドルに下げなければいけないとしています。解決策として同じ発電所を1カ所に複数の原発を建設する必要があると説明しています。

 思い浮かべるはずです。福島第1・第2原発発電所と同じ風景が見えてきます。ロシアによるウクライナの原発攻撃は遠い世界では起こったことではありません。もう20年以上も前から日本でも原発へのテロは指摘されており、万が一の場合にミサイルの標的となるのは間違いありません。

 日本では原発の発電コストは火力発電に比べて割安と説明されています。しかし、IEAの報告書は原発といえどもコスト削減を求めています。欧州は核燃料サイクルや最終貯蔵場などの「原発のトイレ」の問題は解決しています。日本は「トイレなき原発」といわれ、発電した後の燃料再処理は欧州の処理会社に頼み、最終貯蔵場の場所は今なお見えていません。

日本はまだ「トイレなき原発」欧州に比べコストも安全体制も追いつかず

 不幸にもロシアによるウクライナ侵攻で石油や天然ガスのエネルギー価格の高騰が続き、新たな紛争案件が加わった場合、日本のエネルギー安全保障が現状を維持できるとは思えません。2022年夏や冬の発電余力の低下で原発の再稼働を求める声が高まっていますが、EUの事例を参考すれば日本はEUを追いかけるように原発プロジェクトを再起動する準備・体制が整っていません。

 もし原発再起動を本気で考えるなら、日本の原発の発電コストを改めて説明するとともに、狭い国土という制約のなかで紛争やテロに備えた原発の安全対策をきっちりと説明する必要があります。それがなければ、原発再起動は再びリセットです。

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